中国政府とIOCの“危険な蜜月”については、小欄でも、たびたび指摘してきた。五輪憲章は「人種」「言語」「宗教」はじめ、「いかなる差別」も禁じている。ならば中国政府のウイグル族や香港の民主化勢力に対する「弾圧」は五輪憲章に反しないのか。

 

 それに対するIOC側の解答は、こうだ。「IOCは国連やG7も解決できない問題を解決する“超世界政府”ではない」(トーマス・バッハ会長)。誰も、そこまでは要求していない。あれだけ「人権」や「差別」にうるさいIOCが、こと中国の話になると黙り込むのは実に不思議な話である。

 

 そんな中、米連邦議会下院のナンシー・ペロシ議長の発言が物議をかもしている。「現在、行われているジェノサイドを踏まえると、各国首脳が中国に向かうのは実に問題だ」。来年2月に開幕する北京冬季五輪の開閉会式を見据えてのものだ。

 

 これを受け、「政治とスポーツは別」「(1980年の)モスクワの悲劇を繰り返すな」と疑問を呈する声が相次いだ。誤解がある。ペロシ議長の主張は、あくまでも外交的なボイコットだ。大会そのものに対する反旗ではない。

 

 また中国は北京冬季五輪に合わせ、「デジタル人民元」の発行計画を進めている。既に人民銀行の李波副総裁は「国民だけでなく、海外のアスリートや観光客も利用できるようにしようと考えている」と明言している。キャッシュレス化の進む中国にあって、デジタル通貨の発行は、自国の先進性をアピールする上で絶好の機会となるだろう。世界中が注目する五輪となれば、なおさらだ。

 

 ドル本位制で世界の金融システムを支配してきた米国にとって、一帯一路構想とも深く結びつくデジタル人民元のデビューは愉快な話ではあるまい。五輪が近付けば、おそらく当局の担当者はこう宣伝するだろう。「デジタル通貨ならウイルスに感染する恐れはない。どうぞ、これを使って北京で買い物を楽しんでください」。

 

 01年7月、08年夏季大会の開催都市に北京が選ばれた直後、就任したばかりのジャック・ロゲIOC会長は「五輪を開催することが中国の人権と社会関連の改善に大いに役立つことは明白だ」と述べた。実際はどうだったか。「中国政府が五輪開催権を獲得したことで、人権侵害が促進された」(ヒューマン・ライツ・ウォッチのソフィー・リチャードソン氏)。確かに「社会関連の改善」に五輪は貢献したものの、「人権」には無力だった。むしろ強化された「国権」に虐げられてしまったといってもいい。IOCの見解が聞きたい。

 

<この原稿は21年6月2日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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