第23回 セオリー無視!? “赤星封じ”に編み出した奇策とは

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 今月も鈴木康友コラムをご覧いただきありがとうございます。プロ野球は交流戦が終了し、五輪に向け侍ジャパンのメンバーも発表されました。交流戦をきっかけに躍進したチームもある一方、やや小休止となったチームもあります。今月も私の球論にお付き合いください。

 

 オリ躍進で混パへ

 まずは侍ジャパンについて触れておきましょう。稲葉篤紀監督が選んだ24人、いずれも日本を代表するプレーヤーばかりです。当然、漏れたメンバーについてファンの人たちが「なぜだ?」と思うのは当然です。たとえば巨人の岡本和真は選ばれませんでしたが、三振が多く、ややもすると淡白なバッティングをすることがあるので選から漏れたのかなと推測できます。阪神のルーキー佐藤輝明も将来的には「日本の4番」を打てる器だとは思いますが、他の野手やポジションとの兼ね合いもあったことでしょう。24人を選ぶというのは相当大変な作業だったと思います。

 

 野球は次のパリ五輪で実施競技から外れ、その次のロス五輪での復活も見通せない状況です。となれば東京五輪が金メダルを獲る最後のチャンスになるわけですから、選ばれたメンバーを応援したいものです。野球、そしてソフトボールが金メダルを獲り、球界に明るい話題を提供してくれるように皆さんも後押しをお願いいたします。

 

 さて、交流戦ではオリックスが優勝し、その後も連勝を続け、パ・リーグ首位に躍り出ました。私がコーチをしていたときにはなかなか勝てないチームで、昨季まで6年連続Bクラスでした。ただ、3年くらい前から強くなる素地はありました。だから去年も一昨年も開幕前の順位予想で私はオリックスを結構、上位に押していたんですよ。その素地とは山本由伸、宮城大弥、田島大樹、山岡泰輔といった好投手が揃っていたこと。あと今季はメジャーから平野佳寿が復帰し、リリーフ陣にも厚みが出ました。

 

 さらに攻撃陣は吉田正尚を中心にして宗佑磨、ステフェン・ロメロがいて、6年目の杉本裕太郎も覚醒しました。さらに中嶋聡監督が2軍時代から面倒を見ていた選手たちが成長し、それが突き上げになっています。投打が噛み合うようになったことで、今のオリックスは3点リードしていれば、相手は倍の差があるように感じるでしょうね。

 

 前任の西村徳文監督はいろいろな作戦を駆使し、選手たちに攻め方を教えていました。中嶋監督はそれに加え、勝ち方を教えている印象です。勝つことで選手、チームは成長していくので、オリックスはまだ強くなると思います。しかも勝ち方も良い。1点差勝ちもあれば、大差勝ちもある。いろんな勝ち方ができるのは本当に強いチームになった証拠でしょう。

 

 とはいえ東北楽天、福岡ソフトバンクもまだまだ巻き返してきますよ。オリックスの連勝と楽天の連敗が同じ時期に起きたことで、混パとなりましたが、こういう大型連勝や連敗はどこのチームにもシーズン中に1度はあることです。ソフトバンクがどーんと連勝して巻き返すこともあるし、あと千葉ロッテ、埼玉西武にも連勝の目があります。まだまだパ・リーグの混戦は続きそうですね。

 

 一方、セ・リーグは阪神が2位・東京ヤクルトに5ゲーム(24日時点・以下同)、3位・巨人に5.5ゲーム差をつけています。今年の阪神は本当に強いですね。Twitterで「まるでいてまえ打線のころの近鉄のようだ」とつぶやきましたが、よく考えたらいてまえよりも阪神は上品な野球(笑)をしています。大山悠輔、ジェフリー・マルテ、ジェリー・サンズ、佐藤といった大砲に加え、近本光司、中野拓夢が足でかき回す。赤星憲広がいた2003年優勝時を彷彿とさせますね。

 

 03年、私は巨人でコーチを務めていましたが、阪神戦では赤星の足に悩まされました。塁に出たら3球目までには盗塁を決め、そして金本知憲らクリーンアップのタイムリーでホームに返ってくる。それが阪神の得点パターンでした。

 

 なんとか赤星を封じたい--。そう考えた私はある戦法を思いつきました。まあ、あまりにセオリー無視の作戦なので監督には進言できず、ヘッドコーチだった鹿取義隆さんに「どうでしょう」とお伺いを立てただけでしたが、その作戦とは……。ランナー一塁でバッター赤星のケースで内野ゴロになった場合、セカンド-ファーストのゲッツーではなく、いきなり一塁に投げ赤星をアウトにするというものです。

 

 というのもバッター赤星でほとんどゲッツーがとれず、赤星が一塁に生きることが多かった。そうなると投手にはプレッシャーです。牽制もしなきゃいけないし、配球もストレート系が多くなる。塁上の赤星というのは怖い存在で、しかも彼が盗塁を決めると甲子園が盛り上がるんですよ。一塁にいるだけで「走れ、走れ!」と大騒ぎですからね。だから赤星を塁に残さないように、ゲッツーではなく赤星を一塁で封殺を優先しようと考えたんです。

 

 コラムタイトルに「セオリー&メモリー」と掲げていながら、セオリー無視もいいところですよ(笑)。鹿取ヘッドは「うーん」と言っただけで、結局、採用はされませんでしたが、それくらい当時の阪神は強かったんです。

 

 あのとき阪神の監督は星野仙一さんでした。星野さんは監督になって2年とか3年で結果を出していました。最初、中日の監督になったときと阪神では2年目、楽天では3年目に優勝を果たしました。星野さんはトレードやFAでチームの血の入れ替えが非常にうまかった。それが短期で結果を出せた理由でしょう。

 

 この秋、阪神と楽天の日本シリーズが実現したら一番喜ぶのは星野さんでしょうね。そうなったら「どっちを応援しますか?」と天国に向かって聞いてみたいもんです。たぶん星野さんは「甲子園では阪神、宮城では楽天や」と笑って答えるでしょう。

 

 まあ、今から秋の話は少々気が早すぎますね。いずれにしてもセもパもまだまだ波乱があるでしょう。オリンピックでの中断期間が約1カ月あるので、後半戦に向け、チームの調子をどうアジャストするかも大切です。特に投手力をあげて五輪後の戦いにスッと入れたチームが抜け出すでしょう。

 

 ペナント、五輪、そして高校野球。今年の夏は野球で熱くなりそうです。

 

 

<鈴木康友(すずき・やすとも)プロフィール>
1959年7月6日、奈良県出身。天理高では大型ショートとして鳴らし甲子園に4度出場。早稲田大学への進学が内定していたが、77年秋のドラフトで巨人が5位指名。長嶋茂雄監督(当時)が直接、説得に乗り出し、その熱意に打たれてプロ入りを決意。5年目の82年から一軍に定着し、内野のユーティリティプレーヤーとして活躍。その後、西武、中日に移籍し、90年シーズン途中に再び西武へ。92年に現役引退。その後、西武、巨人、オリックスのコーチに就任。05年より茨城ゴールデンゴールズでコーチ、07年、BCリーグ・富山の初代監督を務めた。10年~11年は埼玉西武、12年~14年は東北楽天、15年~16年は福岡ソフトバンクでコーチ。17年、四国アイランドリーグplus徳島の野手コーチを務め、独立リーグ日本一に輝いた。同年夏、血液の難病・骨髄異形成症候群と診断され、徳島を退団後に治療に専念。臍帯血移植などを受け、経過も良好。18年秋に医師から仕事の再開を許可された。18年10月から立教新座高(埼玉)の野球部臨時コーチを務める。NPBでは選手、コーチとしてリーグ優勝14回、日本一に7度輝いている。19年6月に開始したTwitter(@Yasutomo_76)も絶賛つぶやき中。2021年4月、2020年東京五輪の聖火ランナー(奈良県)を務め、無事”完走”を果たした。

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