二宮清純: 鼎談場所の「ウェルネスステーション東京2021」では、全国の障がい者就労支援施設の農産物や加工品を販売しています。農業とのコラボレーションはどういったきっかけで?

砂野吉貞: 障がいのある人の「自立・就労支援」が「健康増進」と同様に重要と考えたからです。障がいのある人の就労状況を見ると、身体障がいに比べ精神・知的障がいのある人の就労機会が少ないという課題があります。山梨の障がい者就労支援施設の事例ですが、工場作業に馴染めなかった精神障害のある人が農業に従事するようになって以降、毎日仕事ができるようになったようです。その理由に「農業はマイペースにできることと、土に触るので精神的に安定してきている」と施設の方から説明を受けています。これまで、障がい者がパラスポーツを楽しむことができる環境整備と「自立・就労」の推進を一体で考えていくことがあまり取り上げてこられませんでした。私たちは、障がいの有無にかかわらず、健康と仕事の両立をはかる「働き方改革」を推進していくことが、真の共生社会づくりに必要と考えて行動しています。

 

二宮: 「裸足で土を踏むと健康に良い」と力士から聞いたことがあります。

伊藤数子: 私も「土と緑に溢れ、酸素がたくさんある環境は精神的に良い」という話を聞いたことがあります。

 

二宮: 土に触れることの良さが、科学的に証明されれば、事業の拡大に繋がりますね。

砂野: そうですね。2017年から東京駅で「パラスポ💛農福連携マルシェ」をスタートしました。全国の障がい者就労支援施設でつくられた農産物や加工品を取り扱ってきました。主に障がい者就労支援施設B型で働く障がいのある人の工賃を上げるため、販路拡大の支援をしています。現在は、東日本旅客鉄道株式会社グループの皆様の協力により、上野駅を中心に毎月定期的にマルシェを開催しています。また、関東周辺の企業に対しては、「企業訪問マルシェ」も実施しているんです。今年5月12日から東京駅八重洲口に開設した「ウェルネスステーション東京2021」では、林業・水産業の加工品を生産している就労支援施設の商品も展示販売しています。この事業は、農業の人手不足という地域社会の課題を解消し、農家が使用していない「耕作放棄地」を施設の人たちが有効利用しています。日本パラスポーツ推進機構では。人手不足の農家と障がい者就労支援施設をマッチングし、雇用機会を創出しています。現在まで数十カ所の就労支援施設と農家をマッチングしてきました。

 

二宮: 人手が欲しい農家と、働く場所が欲しい障がいのある人。両者の思いが合致しているわけですね。

砂野: はい。私たちがこれまで培ってきた企業とのネットワークを駆使し、施設と農家と企業をマッチングし、販路拡大に努めています。例えば三重県では、就労支援施設がつくる伝統野菜「三重なばな」を首都圏の企業やホテルに紹介しました。おかげさまでレストランや企業の食堂の食材として置いていただき、東京オリンピック・パラリンピック選手村の食堂にも冷凍した「三重なばな」を使っていただいています。

 

二宮: 最近の農作物は、どこの誰がつくったのか生産者の顔が見えるようになってきました。例えば「これはパラスポーツのアスリートがつくったものです」と可視化されれば、売り上げにも貢献するでしょうね。

砂野: 商品のブランド化、“見える化”は今後も進んでいくと思います。障がいの有無に関わらず、積極的に生産者名を出していくべきだと考えています。それが消費者に“この人が作ったものなら買ってみよう”と信頼されるブランド力形成に繋がる。また今後は農業において、GAP認証制度の導入がすすむように、生産工程の“見える化”が重要になっていくと思います。農林水産業分野での就労環境が整備されてくると、障がいのある人が働きやすくなります。

 

 持続可能な仕組みづくり

 

二宮: 厨房が見えるレストランは、シェフやその工程を確認できます。農業も誰がどのように作っているかが分かれば、消費者がより安心して生産物を手に取ることができる。

砂野: そうですね。今後はいかに企業と農業を繋げられるかが大事だと思っています。当機構では企業向けに障がい者就労支援施設での農業体験を実施しています。「障がい」を理解するだけではなく、体験を通して「障がい」をどうやって克服しているか、個人の能力を最大限引き出して自立につなげる工夫などを学んでもらいたいと考えています。企業にとっても有益な研修になると思います。また、この事業は企業と地域が結び付くひとつのきっかけになります。地域の共生社会づくりに企業が貢献する、まさにSDGsの取り組みになります。

 

二宮: まだまだ、やるべきことはたくさんありますね。

砂野: 先日もある会社から、私たちの活動を報じたニュースを見て「農福連携事業に協力させてもらえませんか」と声を掛けていただきました。障がいのある人の一次産業での就労促進にあたってはまだまだ多くの課題があります。機構ではこれまで100カ所近い障がい者就労支援施設や農業団体と連携してきましたが、私ども機構の活動を維持拡大していくためにも、企業との連携を推進していきたいと考えています。

 

伊藤: それにしても、これだけの事業を回していく情熱はどこからきているのでしょうか?

砂野: 自分自身の人生において、社会には様々な障がいのある人がいて、ひとりひとりが健康増進と自立の両立をめざして努力していることを学んできました。そして、障がいのある人が周囲の人たちの協力を得ながら成長していく姿を、企業でも私生活においても経験してきました。周りの人の支えが必要な人が大勢いて、これからの人生において、自分でもそうした人のためにできることがあるのではないかと考えて活動を始めました。日本パラスポーツ推進機構の活動を通して、社会にお返しができればと思います。

 

二宮: 今後はどういった活動を?

砂野: 健康増進では、パラスポーツの普及と推進に取り組んでいきます。そのためには、障がいの有無にかかわらずパラスポーツを楽しめる機会を増やしていきます。また、サポーターを増やせるよう啓蒙活動をしていきたいと思います。自立・就労支援では、障がい者就労支援施設との連携を更に強めていきます。今後は農業以外に林業分野への障がい者就労拡大も進めていきたいと考えています。そのための企業連携を工夫していきます。障がいのある人のスポーツ環境や職場環境を改善していくことで、当機構の目的である共生社会実現を目指します。

 

(おわり)

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砂野吉貞(すなの・よしさだ)プロフィール>

一般社団法人日本パラスポーツ推進機構代表理事。愛媛県出身。上智大学卒業後、1981年日本航空株式会社入社した。経営企画室で企画・渉外を担当。2010年から米国半導体メーカーのグローバルHRとして日本・韓国・台湾の3工場の生産性向上をリード。2016年に独立し、コンサルティング事業を手掛ける株式会社スナジャパンを設立。AIカンパニーの顧問として DX化を推進。障がい者雇用の推進にも取り組む。同年設立した一般社団法人日本パラスポーツ推進機構では、パラスポーツイベントやセミナーを通して、障がい者の健康増進のためのサポーターを増やす活動と、障がい者就労支援施設と連携した自立支援活動に取り組んでいる。2020年12月にはプレミア・ウェルネスサイエンス株式会社社外取締役に就任。ウェルネス事業にも力を入れている。2021年5月から、東京駅において健康と障がいを考えるスペース「ウェルネスステーション東京2021」を開設。「障がい者の働き方改革」推進に向けた取り組みを強化し、支援の輪を広げるため、若者からシニア層まで全世代に向けた情報発信をしている。

 

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