11月10日の土曜日は、アメリカでボクシングを取材する記者たちにとって近年で最も忙しかった日として記憶されるだろう。
 まずは午後からニューヨーク・ミッドタウンのホテルで盛大な記者会見が開かれ、来年1月18日にロイ・ジョーンズ対ティト・トリニダードの試合が挙行されることが正式発表された。(写真:「準決勝第2試合」メイウェザー(左)対ハットン戦は12月8日に行なわれる)
 続いて夜にはマジソンスクウェア・ガーデンにて、今年最大級の興行が開催された。待望のWBCウェルタ級タイトル戦、ミゲール・コット対シュガー・シェーン・モズリーをメインに、ホエル・カサマヨール、アントニオ・マルガリート、アルマンド・サンタクルスといった強豪たちも続々とアンダーカードに登場。それぞれが激闘を繰り広げ、ニューヨーカーを熱狂させてくれたのだ。

 さらに試合後の最終記者会見にはオスカー・デラホーヤやバーナード・ホプキンスらも出席。彼らはこの日の試合を振り返るだけでなく、今後の自らの試合予定まで語って会場を盛り上げた。
これらのスケジュールがすべて終わったのは、深夜1時過ぎ――。エキサイティングで、華やかで、楽しく、そして長い1日だった。ボクシングファンにはたまらない時間だった。
そしてそれから数日が経った今、今後のボクシング界に大きな影響を及ぼしそうなこの日のイベントを、もう一度ゆっくりと振り返ってみたい。

■ライトヘビー級12回戦 1月18日@ニューヨーク
 ロイ・ジョーンズJr (51勝38KO4敗) 
  対 
 フェリックス・トリニダード (42勝35KO2敗)
(写真:サンタに扮したドン・キングを挟み、対戦を間近に控えたティト・トリニダードとロイ・ジョーンズが対面した)

 100万ドルの価値がある笑顔を持ち、勇敢で、いつでも最強の相手を選び、そして試合では常に前に出てファイティングポーズを取り続ける……ティト・トリニダードはそんなボクサーだった。90年代後半から2000年代初頭のボクシングに魅せられた人々にとって、デラホーヤなどではなく、トリニダードこそが最高のヒーローだった。
 そのトリニダードが、2年半振りの再起戦に挑む。相手は同世代で「最強ボクサー」の名を欲しいままにしたジョーンズ。本来なら誰もが胸を躍らすべき好カードのはず。しかし、今回に関しては複雑な気分のファンも多いだろう。

 正直言って、意義を見つけるのが難しい対戦である。余りにタイミングが悪い。この2年間は引退状態だったトリニダードが、全盛期をとうに過ぎたジョーンズと今の時期に戦う理由はどこにあるのか。この試合に勝ったところで、金以外にいったい何を手に出来るというのか。特にトリニダードにとっては未体験のLヘビー級での戦いとなる。こんな条件では、体の良いアトラクション程度で終わってしまうのが関の山だろう。

(写真:トリニダードの試合では、観客は常に我を忘れて熱狂する)
「確かに5年前に実現していたら最高だった。だが、遅くてもやらないよりやった方が良い。殿堂入り選手同士が激突するこのカードは、そういう類の試合ではないか」
 ESPNのダン・ラファエル氏はそう語っているが、個人的には同意しかねる。衰えたヒーローたちの、煮え切らない戦いを見ることほど寂しいことはないからだ。試合自体も、アウトボクシングに徹したジョーンズの退屈な大差判定勝利が濃厚ではないか。
 ただ……それでも、当日のマジソンスクウェア・ガーデンは超満員の観衆で埋まるのだろう。どんな展開になろうと、人々は声を枯らしてティトの名前を叫び、手に汗を握って試合の行方を見つめるのだろう。筆者もなんだかんだと言いつつ、会場の片隅で彼らと同じことをするはずだ。
 その存在だけで周囲のすべてを明るく照らしてくれる。戦うなら注目せずにはいられない。ティト・トリニダードとは、そんなボクサーだった。

■WBAウェルター級タイトル戦
 ミゲール・コット 12R判定勝利 シェーン・モズリー

 近年では最も結果が読み辛いと言われた実力伯仲の対戦は、接戦ながら明白な
 判定でプエルトリコの新英雄コットが勝利。将来は殿堂入りも確実なモズリーの壁をも突破したこと、コットは真のスターダムにまた一歩近づいたと言える。
「明白」と書いたのには異論もあるかもしれない。判定は非常に僅差で、引き分けと採点した記者も筆者の周囲には数多くいた。コットのパンチでモズリーが深刻なダメージを受けることもなかった。
 ただそうだとしても、試合の主導権は終始コットが握り続けていた。モズリーも打ち合い、クリンチ、アウトボクシングと目先を変えたが、ついにペースを奪うには至らず終い。王者がフルラウンドに渡ってコントロールを続けたのだから、それを「横綱相撲」と呼んでも異論はあるまい。
「採点で出た以上に内容に差がある試合」。このタイトル戦にはそんな言葉が適応されそうだ。実際に、ドローと採点した人でもそのほとんどが「どちらかを選ぶならコット」と発言していたことも事実である。

(写真:モズリーをも打ち破り、ミゲール・コットはまた1つ階段を上った)
 今回はアウトボクシングとスピードに進境を見せたコットは、1戦ごとに着実に進境している。これでザブ・ジュダー、モズリーを連破したことになり、筋書き通りなら12月8日に予定されるフロイド・メイウェザー対リッキー・ハットンの勝者と「決勝戦」を戦うことになる。
 勝ち上がってくるのは、ほぼ間違いなくメイウェザー。さて、今のコットは、現役最速のメイウェザーに立ち向かえるだけの力を身に付けたのだろうか?
 その答えを出す前に、まずは来年5月にコットにデラホーヤを挑ませようという動きもあるという。会場は何とドジャースタジアムが考慮されているとか。それも、悪くないのかもしれない。

 知名度はボクシング自体を飛び越えるほどのものがあり、それでいて現時点で危険はさほど大きくなさそうなデラホーヤは、コットの最後のハードルを務めるには最適と言えるのだろう。ここでコットが、ある程度ドラマチックな形でゴールデンボーイに引導を渡せれば……その先に、ついに真の「決勝戦」の舞台が浮かび上がってくる。
 好カードが続いた芳醇の2007年ももうすぐ終わる。そして2008年は、メイウェザー対コット戦がいよいよ実現する年となるに違いない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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