今年のメジャーリーグ・オールスターゲームは日本人にとって特別なイベントとなった。

 

 

<この原稿は2021年8月2日号『金融財政ビジネス』に掲載されたものです>

 

 エンゼルスの大谷翔平が"前夜祭"のホームランダービーに日本人として初出場を果たしたからである。オールスター前に大谷は両リーグトップとなる33本のホームラン(7月28日時点・36本)を記録していた。

 

 優勝賞金100万ドル(約1億1000万円)を賭けて行われたホームランダービー、残念ながら大谷は1回戦で姿を消したが、ナショナルズのフアン・ソトとサドンデスまでもつれ込む大接戦を演じた。

 

 その翌日、大谷はア・リーグの先発としてクアーズ・フィールドのマウンドに立った。先頭のフェルナンド・タティスJr(パドレス)をレフトフライ、2番マックス・マンシー(ドジャース)をセカンドゴロ、3番ノーラン・アレナド(カージナルス)をショートゴロに打ち取り、勝利投手となった。

 

 初めてのオールスターゲーム出場を、大谷はこう振り返った。

「楽しかったです。ホームランダービーの疲労感は多少あったが、ぼちぼちの感じでいけました。二刀流出場は本当に光栄なことで、選んでくれたファンの皆さんの応援も本当にありがたいなと思っています」

 

 大谷は先発ピッチャーながら1番DHとしての起用だった。通常、ルールブックに従えば、DHの大谷がマウンドに上がれるのはDHを解除され、ピッチャー専任となってからだ。

 

 今夏の球宴なら1回表にア・リーグの先頭打者として打席に立った大谷を、その裏、マウンドに上げるためには、その時点でDHを解除し、投手専任にしなければならない。つまり、打者としては1打席でお役御免となる。

 

 しかし、今回は特例としてDHのままでの先発登板が認められた。それを可能にしたのはア・リーグを率いたケビン・キャッシュ監督(レイズ)の英断である。

「オータニの才能は新型コロナウイルスの痛手からベースボールを立ち直ることに大きく貢献している」

 

 レイズを指揮する43歳は、なかなかの切れ者だ。2018年にはリリーフピッチャーを先発させるオープナーをメジャーリーグで初めて採用し、話題を呼んだ。

 

 なぜ大谷を高く評価するのか。それは彼の活躍が新型コロナウイルスによって昨シーズン、30億ドル(約3150億円)もの損失を被ったメジャーリーグに活力を与えていると考えているからだ。

 

 キャッシュ監督はスタメンを決める前、大谷の起用法についてエンゼルスのボス、ジョー・マドンに相談した。

 

「どういう使い方がベストか?」

「二刀流はOKだ。ただしリリーフとなると、準備不足などでのケガのリスクが高くなる」

「では、リスクの少ない起用法は?」

「それは1番DHだろう」

 

 しかし、先述したように1番DHで先発登板するには、1度打席に立った後、DHを解除しなければならない。

 

 そこでキャッシュ監督は「選手を守り、その上でファンが見たいものを提供する」との立場に立ってメジャーリーグ機構と交渉、その結果、特例が認められたのである。

 

 日本だと、こうはうまくいかなかったのではないか。ルールはルール、とばかりに却下されていた可能性が高い。ルールを金科玉条とせず、臨機応変に対応する。こうしたメジャーリーグ流の柔軟さは日本も見習った方がいいかもしれない。

 

 今夏の球宴でMVPを獲得したブラディミール・ゲレーロJr(ブルージェイズ)は大谷について聞かれ、こう語った。

 

「僕なら大谷をMVPに選ぶ。彼は別の世界から来たみたいだ。打って投げて、すべてできるんだから本当に信じられない」

 

 これ以上の褒め言葉は他にはあるまい。

 


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