デンソー山田恵里、“仕事人”の流儀 ~女子ソフトボール~
日本女子ソフトボールリーグは9月4日から後半戦がスタートする。東京オリンピックで金メダルを獲得した日本代表15人が敵味方に分かれ、王座を争う。日本代表主将の山田恵里は、8月26日現在、2位につけるデンソーブライトペガサスでリーグ優勝を目指す。数々の個人タイトルを手にしてきた山田だが、リーグ制覇はまだない。
――まずは東京オリンピックの金メダルおめでとうございました。
山田恵里: ありがとうございます。金メダルを期待された中での大会だったので、正直、ホッとしています。
――13年ぶり3大会目のオリンピックは過去2大会と違うものでしたか?
山田: アテネと北京は20歳と24歳で出場しました。その時はただ純粋にソフトボールに集中してプレーできていました。今回、年齢は37歳にもなりましたし、様々な経験をしてきた。経験が邪魔をするという感覚もありました。いろいろ背負わなければいけない大会でもありましたし、これまでの2大会とは重みが全然違ったのかなと思います。
――1次リーグでは、第2戦メキシコ戦でライナー性の打球をグラブに当てながらキャッチしきれませんでした。それが同点タイムリーとなった。翌日のイタリア戦では代打で途中交代を告げられました。
山田: イタリア戦がナイターだったこともあり、宿舎に帰ってくるのも遅く、なかなか寝付けませんでした。うまくいってなかったので、不安や恐怖を抱えていた。結局、2時間くらいしか寝られず、夜中に起きてしまったんです。その時に2009年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝で、イチローさんが延長10回に勝ち越しタイムリーを打ったことを思い出したんです。イチローさんはそのタイムリーを打つまで、不調でした。“自分と同じ境遇だ”と思うようにしたんです。当時のWBCを特集した映像を観ながら“自分も明日から大丈夫だ”と言い聞かせたんです。
――気持ちの切り替えができたことで、次のカナダ戦では延長8回にサヨナラタイムリーを放つなど猛打賞の活躍でした。
山田: 試合前のバッティング練習から感覚が良かった。“今日から大丈夫だ”と思えましたね。
――これほど苦しんだことは?
山田: そうですね。今までプレーしていて“怖い”と思ったことはありませんでしたから。
――以前、インタビューで東京オリンピックは「自分が責任を背負う番」とおっしゃっていましたね。「若い選手は、伸び伸びとプレーしてくれればそれでいいんです」とも。
山田: かなり重かったですね。他の選手には絶対背負わせたくなかった。だから自分で良かったと思う。ただ、そうは言ったものの、重たくて重たくて仕方がなかったですね。
――決勝の相手は宿敵アメリカでした。
山田: そこは落ち着いていましたね。不安もなかった。1次リーグは2位以上にならないと金メダルを獲れない。そこまでがきつかった。カナダに勝って決勝進出が決まったので、あとはアメリカにどう勝つか。決勝の日は淡々と準備をし、試合に臨みました。
――相手の先発は13年前の決勝と同じキャット・オスターマン投手でした。北京の決勝では4回にホームランを放ちました。いいイメージで試合に臨めましたか?
山田: 今回は打順が1番。前回は3番でしたので、求められる役割が違いました。前回は大事な時に打つことを考えていたので、第1打席は1球も振らずに見逃し三振。第2打席でホームランを打つことができました。今回は先攻ということもあり、最初に勢いをつけたら勝てると思っていました。だから“何としてでも塁に出る”と1打席目にかけていました。
――得点こそなりませんでしたが、ヒットで出塁し、スコアリングポジションまで進んで1番バッターの役割を果たしました。試合はその後、日本が4回と5回に1点ずつ奪いました。日本は好守が光り、相手に得点を許さず完封勝ち。6回裏にはサードが弾いた打球を、ショートがキャッチするなど、奇跡的なプレーもありましたね。
山田: ついていたと思いますね。もちろん普段の練習から積み重ねてきた技術があったからこそでのプレーです。
――今大会の日本は全6試合をノーエラー。宇津木麗華監督は「日本の守備は世界でナンバーワン」と語っていました。
山田: 日本の強みは守備力。それを出せたと思います。
思いやりのあるチーム
――9月から日本リーグ後半戦が開幕します。
山田: 後半開幕節は無観客が決まりました。これは残念ですが、オリンピックの熱をここで冷ましてはいけないと思っています。自分の仕事は、これからのソフトボール界を盛り上げていくこと。個人の結果よりもチームに貢献し、ソフトボール界全体の盛り上がりを第一に考えています。
――前半戦を終えて7勝4敗で2位タイにつけています。
山田: もっと勝てたと思います。負け試合はすべて1点差。もう少し流れを読み、抑えるべきところで抑えられていたら、勝ち数を増やせたと感じています。
――その点でまだチームは成熟していないと?
山田: 試合でしか経験できないことがたくさんあります。試合の流れを掴むことは、たくさん試合を経験しないとわからない。強いチームは場慣れしていて勝ちグセが付いている。ウチのチームはそういう経験をしてきた選手が少ないので、もっと経験を積めば強くなると思います。
――山田選手は今季からデンソーに入団しましたが、入団前のイメージと異なる部分は?
山田: 外から見ていて、“勢いに乗ると強い”という印象でした。その一方でムラがありました。実際にチームに入ってみると、練習量は多いですし、選手それぞれがソフトボールに取り組む姿勢も真面目でした。礼儀正しいし、ひとりひとりがチームを思って行動できる。“自分が自分が”と考える人はおらず、思いやりのあるチームだと思います。
――伸びしろに期待できると。
山田: そうですね。前半戦はキャッチャーの小島(あみ)が良かったと思います。“ここで打ってほしい”という場面で結果を残す勝負強いバッターです。遠くへ飛ばす力強さも良いところだと思います。後半戦の活躍も期待しています。デンソーは彼女以外にも能力の高い選手が多い。あとはキャプテンの川畑瞳が後半戦に当たりが出てきたら、チームも乗ってくる。前半戦はキャプテンということで背負い過ぎた部分もあったのかもしれません。後半戦は川畑をサポートし、チームが結果を出しやすい雰囲気づくりをすることが私の仕事だと思っています。
――後半戦のキープレーヤーは?
山田: 前半戦は小島をはじめ、様々な選手が活躍しました。後半戦も同じようにチーム全員で戦っていければと思っています。
――東京オリンピックは「集大成」という位置付けでした。今後については?
山田: まだ決まっていません。オリンピックが終わったら、はっきりと見えてくるのかなと思っていたのですが……。
――まだ見えてこない?
山田: というよりは、“まだできる”という感覚がある。ただ自分の中でこれ以上続けるべきか、違うことをするべきなのか。どちらにするかの決断に至っていないというのが正直なところですね。
――最後にリーグ後半戦に向けた意気込みを。
山田: 私はこれまでリーグ優勝を経験したことがないですし、チームも決勝トーナメント導入後は優勝したことがありません。今季は優勝を狙える位置にいると思うので、獲れる時に獲っておきたいと思います。
<山田恵里(やまだ・えり)プロフィール>
1984年3月8日、神奈川県生まれ。高校からソフトボールを始め、女子ソフトボールの強豪・厚木商業で2度のインターハイ優勝。2002年、日立製作所に入社。ルーキーイヤーの02年に本塁打王、打点王など数々のタイトルを獲得した。以後、多くのリーグ記録を塗り替えてきた。21年よりデンソーへ移籍。日本代表では04年アテネ五輪に出場し銅メダルを獲得。08年北京五輪、今年の東京五輪では主将としてチームを引っ張り、金メダル獲得に貢献した。その卓越したセンスから“女子ソフトボール界のイチロー”の異名を持つ。外野手。左投左打。身長165cm。
(競技写真:©JD.LEAGUE)
BS11では8月29日(日)20時に『全力応援!女子ソフトボール2021激闘リーグ戦の展望』を放送します。9月4日に後半戦がスタートする日本女子リーグの前半戦を振り返ります。VTRには東京オリンピックで活躍した日本代表の面々も登場します。エースの上野由岐子投手、“二刀流”藤田倭投手、チーム最年少の後藤希友投手、奇跡的なゲッツーを演出した渥美万奈選手。スタジオには日本代表の宇津木麗華監督と、元プロ野球選手の山本昌さんを招き、後半戦を展望します。是非ご視聴ください。