『毎日新聞』8月10日付の朝刊1面にIOCトーマス・バッハ会長が緊急事態宣言発令中の東京・銀座を散策している写真が掲載された。

 

 

 記事には、こうある。

<選手はこうした行動を認められておらず、7月に柔道ジョージア代表の2人が東京タワーなどを観光したとして参加資格証を剝脱されている>。

 ネットには批判のコメントが溢れていた。

<やりたい放題!>

<特別扱い>

<日本を舐めきっている>

 

 これに対する丸川珠代五輪相のコメントはこうだ。

「不要不急の外出であるかどうかは、ご本人が判断すべきもの」

 

 これが「不要不急の外出」でないというのなら、何が「不要不急の外出」にあたるのか聞いてみたい。

 

 確かにバッハ会長を始めとする大会関係者は、入国後、14日が経過した時点で行動制限はなくなる。しかし、選手や他の大会関係者に観光を禁止しておいて、自分だけ“銀ブラ”というのは、いかがなものか。最後くらいは範を示してもらいたかった。

 

 かつて、欧州貴族たちの集まりだったIOCは時を経て、弁護士を中心にしたパワーエリート集団に変貌しつつある、というのが私の見立てだ。

 

 副会長のジョン・コーツ氏、最古参委員のディック・パウンド氏、同じく委員で、国際サッカー連盟会長も務めるジャンニ・インファンティーノ氏が、その代表格だ。そして、その頂点に立つのがバッハ会長だ。

 

 選手としての実績は輝かしい。76年モントリオール五輪では西ドイツ代表として、フェンシング男子フルーレ団体に出場し、金メダルを獲得している。

 

 91年にIOC委員となり、副会長を経て、2013年の総会で会長に選出された。

 

“近代オリンピックの父”と呼ばれるピエール・ド・クーベルタン男爵を崇敬しており、IOC本部が落成した際の記念スピーチでは「彼の思いを未来に引き継げることを誇りに思う」と述べた。

 

 バッハ会長に対し「ノーベル平和賞を狙っているのでは?」との声が消えないのは、かつてクーベルタン男爵が候補になったことがあるからだろう。

 

 以前、バッハ会長と太いパイプを持つ森喜朗組織委員会前会長に、どういう御仁かと訊ねたことがある。「政治家よりも政治家らしい人」。それが答えだった。

 

 森前会長によると、19年6月に大阪で行われたG20サミットへの参加は、バッハ会長からの強い働きかけを受けてのものだったという。

 

 演説の予定稿に「東京五輪における南北(韓国と北朝鮮)の統一行進」という一文があり、「それは認められない」と言って断ったという話も聞いた。

 

 かなりの自信家というか野心家というか、押しの強い人物であることは間違いないようだ。

 

 開会式では、選手たちを前に13分もの演説を行った。黙って立ったまま聞かされる方はたまったものではない。どうやら、鈍感力も、この御仁の武器のひとつのようだ。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2021年8月29日号に掲載されたものです>

 


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