<この原稿は「第三文明」2020年6月号に掲載されたものです>

 

二宮清純: 清水さんが所属しているミキハウスといえば、アトランタ、シドニー、アテネと3大会連続で金メダルを獲得した柔道の野村忠宏さんが所属されていますね。以前、野村さんに「なぜそんなに強いのか」と聞いたことがあるんです。そうしたら、「試合前に鏡を見て、自分の顔とにらめっこをして“目”をつくってから畳に上がっている」と、意外な答えが返ってきたんです。清水さんは、何かルーティンワークや験担ぎのようなことをされていますか。

清水希容: 昔はやっていましたが、それができない環境に置かれたときに不安になったり、コンディションを崩したりすることがあり、今はやっていません。特に海外では、停電や試合開始の遅延など、想定外のことが起きます。それなので今は、どんな環境でも対応できるよう、とにかく焦らないことを第一にしています。

 

二宮: 先ほど目付の話がでましたが、試合前に表情や目つきを確認するようなこともしませんか。

清水: やらないですね。そのときの会場の空気や自分の気持ちによって、技や声の出方も変わります。だからこそ、自分としっかり向き合ったうえで、あくまで自然体で臨むことを大事にしています。

 

二宮: 自分と向き合うという意味では、メンタルトレーニングを取り入れるアスリートも増えています。清水さんはどうですか。

清水: メンタルトレーニングと呼べるかはわかりませんが、ノートに自分の気持ちや考え、悩みなどを書き出すことを続けています。

 

二宮: ほう、ノートにですか。それはいつごろから?

清水: 高校時代からです。高校時代の私はすごくマイナス思考で、「できない、だめだ、どうしよう」とふさぎ込むことが多かったんです。でも、そうした思いや悩みを書き出すようになって、「それじゃあ、そのために何をすればいいか」と考えられるようになりました。

 

二宮: ノートに気持ちを書き出すことで、自分と向き合う作業をしてきたわけですね。そうすると今は、五輪に向けた思いもさまざま書き込まれているのでは?

清水: はい、たくさん書いています(笑)。何と言っても、一度も経験したことがない大舞台ですから。でも、書いただけで何かが解決するわけじゃありません。とにかく自分にできる最高の準備をしていきたいと思っています。

 

二宮: プレッシャーの日々のなかで、何か気分を変えるためにやっていること、趣味などはありますか。

清水: 読書ですね。遠征の移動のときも基本的には本を読んでいます。

 

二宮: ちなみに、どんな本を?

清水: いろいろなジャンルの本を読みますが、最近は空手関係の本が多いですね。あらためて空手の勉強をしたいと思い、形の生まれた背景や昔の武士の考え方などを知ることのできる本を読んでいます。

 

二宮: それはいいですね。空手のルーツや歴史を知ることは、ご自身の演武にも生かされるのでは?

清水: はい。すごく生かされています。そもそも空手は、武器を使わずに身を守るための護身術として培われてきたものです。つまり、人を傷つけるためではなく、身を守るために自身を鍛錬するわけです。こうした空手の精神性のようなものを学ぶことも演武にはプラスになると考えています。

 

二宮: 空手の修行というと、何か滝に打たれて精神面も鍛えるようなイメージがありますが、清水さんはやったことありますか。

清水: やっている人もいるかもしれませんが、私は寒そうなのでやったことはないです(苦笑)。でも、空手は基本的に師匠と弟子が1対1で稽古することを伝統にしています。そういう厳粛さもまた、空手のよいところだと思います。

 

二宮: 「礼に始まり、礼に終わる」という日本の武道の精神を、世界の多くの人に知ってもらう意味でも、五輪での清水さんの活躍に期待したいと思います。

清水: ありがとうございます。現状、空手は次のパリ五輪では競技から外されています。パリの追加種目については、今年の年末に最終決定されることになっていますが、東京が最初で最後になるかもしれません。

 

二宮: ヨーロッパでは、空手が人気になっていますよね。特にフランスは、柔道と同様に空手愛好家も多かったように思います。

清水: そうなんです。外された理由は私にもわかりません。でも、だからこそこの東京五輪で何としても結果を出したいと思っています。

 

二宮: 清水さんの強い覚悟が伝わってきました。私も応援しています!

清水: ありがとうございます。空手の未来を開くためにも、全力で頑張ります!


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