第238回「大会のけじめ」
コロナ禍での開催ということで、異例ずくめの開催であった東京オリンピック・パラリンピック大会。「あの状況で開催できたのは素晴らしい」という意見もある一方で、「大会が感染を拡大させた」「医療資源確保に集中すべきだった」との意見もある。本当の結論はそう簡単に出るはずもなく、もうしばらく待つ必要があるようだが、終わったからこそやっておかなければならないのが、「振り返り」である。
そう、この大会はどのように開催され、どんなことがあり、どのように運営され、どんな影響があったのか。今回のように賛否が激しく分かれた時は、この振り返りでさえ思い入れが激しくなり、客観的な分析が難しい。だからこそ結論はさておき、今はまず冷静に、感情に左右されていない記録をしっかり残しておくこと。これこそが大切で、大会終了後のけじめではないか。
9月5日にパラリンピックが閉幕し、その翌週からは大会組織委員会に出向していたスタッフは元の会社に戻り始めた。そして短期契約の社員は満了して離れていく。大会時には8000人近くいた委員会のメンバーは、10月1日の時点で1200人程度まで減少している。仕事がなくなっていく中で人件費という固定費を早急に減らしていくのは経営上当然ではあるが、これだけ大会に関わった人たちが散っていくということでもある。
この後もスタッフは減ってゆき、来年の4月を迎えるのは300人程度と言われている。つまり来年4月に、大会運営の内情を分かる人は5%以下になるということであり、大会の詳細な振り返りはどんどんと難しくなっていく。だからこそ、今のうちに正しい開催記録を残しておく必要があるのではないか。競技に関する記録や内容はメディアも含め多くの方が興味を持っており、きちんと残されていく。しかし大会終了後、運営資料に対し興味を持つ人は少なく、破棄されたり、整理されないまま不明になっていくものもあるだろう。また書類になっていないものもあり、それをどのように残していくのか。のちのちの検証していく際には必要になるはずだが……。しかし、1998年の長野オリンピックでは、大会終了後に関係書類が破棄され、その検証は十分に行えなかったという苦い過去がある。
成功だけが財産ではない
その運営が正しかったか、正しくなかったのか。どちらかを意識するあまり、都合の悪い事実を葬ってしまうことは当然、人間の心理としてあるだろう。でも、大切なのは犯人探しや成否の判定はともかく、まずは正しい記録を後世に残していくことではないかと思う。それがあれば振り返り検証や、今後の参考にもできるが、それがなければ一部の人の記憶をたどるしかなく、正確な検証はできなくなってしまう。
東京都では、「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に係る文書等の保管及び承継に関する条例」が昨年制定され、大会組織委員会に対し、作成した文書を適切に保管するよう求める条例がある。これは、組織委による文書管理に行政の手が及ばない現状を変える狙いがあり、自治体が一法人に対応を迫る異例の提案ともいえるが、それだけ危機感があるということ。「長野の二の舞はごめんだ」という強い意思表示でもある。だが、資料を整理し残すのは大会組織委員会の仕事。東京都が直接手を下すわけではないところがもどかしい。
このように書くと、大会の負の面ばかりが残されるイメージだが、決してそんなことはない。もちろんIOCとのやり取り、金銭的な詳細の報告など注目される部分もあるが、それ以外にもコロナ禍での世論はどうだったのか、コロナ対応をどのように行ったのかなど。これらは後世に向けても貴重な資料となるはずだ。観客を入れない初の五輪として様々な例外もあり、突然の変更に苦労も多かったはず。それに伴う混乱や失敗ももちろん少なくなかった。
しかしその経験はすべて財産である。人と同様、成功だけが財産になるわけでなく、むしろ失敗も後世に向けての大切な資産。そんな割り切りをもって潔く、正確に残していくことこそが重要である。そのためにメディアも、開催内容への批判だけでなく、大切な後始末にももっと注目すべきであると思うのだがそんな声はあまり聞こえてこない。
ぜひ、皆で注目し、丁寧な記録が残され、のちのち振り返えることができるようにしておきたい。その上で数十年後から見た今大会の振り返りに興味深々である。
白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。