MLBにあってNPBにないもの、そのひとつがナックルボーラーである。MLBにはナックルボールを主武器に200以上の勝ち星をあげた投手が、知っているだけでエディ・シーコット、フィル・ニークロ、ジョー・ニークロ、ジェシー・ヘインズ、チャーリー・ハフ、ティム・ウェイクフィールドと6人もいる。

 

 もちろん、日本人の中にもナックルを武器にした投手は何人かいる。ロッテや中日、巨人で活躍したサウスポーの前田幸長は、勝負どころでこのボールを有効に使っていた。MLBで通算51勝を記録した大家友和は肩を故障してから、このボールの習得に励み、短期間で高いレベルにまで磨き上げた。

 

 そもそもナックルボールとは、どんなボールなのか。広辞苑から引く。<指先をボールの表面に立てて投げ、打者の手前で不規則に落ちる>。予測できない変化をするため、しばしば“魔球”と形容される。

 

 時折、球種にナックルを加えるパートタイム・ナックルボーラーと違って、フルタイム・ナックルボーラーは、もうそればかり投げている。いや、それ以外のボールは投げられない、と言っても過言ではない。

 

 では、なぜNPBに本格的なナックルボーラーは誕生しないのか。これまで元メジャーリーガーからアマの指導者まで、数十人の関係者から話を聞く機会があった。まとめると概ね、こうだ。いわく、日本にはこのボールを教えられるコーチがいない。いわく、日本人の指先は外国人ほど強くない。いわく、完成度の高い日本製のボールは(不規則な変化を期待する)ナックルには向かない。いわく、投げてみなければわからないボールは生真面目な日本人には合わない。いわく、受けられる捕手がいない。いわく、仮に受けられる捕手が現れても、余程の強肩じゃないと盗塁がフリーパスになる――。首を傾げたくなるような説がある一方で、さもありなん、という説もあった。

 

 そんな折、ドラフトで無名のナックルボーラーが広島から指名を受けた。育成4位の右腕・坂田怜(中部学院大)だ。動画で見ると、それなりに様になっている。担当したスカウトの松本有史によると、大学2年の春に心臓を手術。体力が落ち、練習量も制限されるなか、藁をも掴む思いですがったのがこのボールだったという。手本は動画の中のウェイクフィールド。ちなみに身長はともに188センチ。本邦初のフルタイム・ナックルボーラー誕生なるか。

 

<この原稿は21年10月20日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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