10月11日に行われたドラフト会議において、西日本工大の左腕・隅田知一郎(ちひろ)投手に東京ヤクルト、埼玉西武、広島、巨人の4球団が1位指名で競合し、抽選の結果、西武が交渉権を獲得しました。今村球団社長が3番目にクジを引いた巨人は、昨年の近大・佐藤輝明選手(阪神)に続いてハズレとなり、13年のドラフトから外れ1位を含め11連敗です。


 11連敗の詳細は以下の通りです。
◎巨人1位競合と交渉権獲得選手
2013年 石川歩×(2球団)/小林誠司
2016年 田中正義×(5球団)/佐々木千隼×(5球団)/吉川尚輝
2017年 清宮幸太郎×(7球団)/村上宗隆×(3球団)/鍬原拓也
2018年 根尾昂×(4球団)/辰己涼介×(4球団)/高橋優貴
2019年 奥川恭伸×(3球団)/宮川哲×(2球団)/堀田賢慎
2020年 佐藤輝明×(4球団)/平内龍太
2021年 隅田知一郎×(4球団)/翁田大勢

 

 中でも思い出すのは16年秋のドラフトです。高校ナンバーワンスラッガーの呼び声の高かった早実・清宮幸太郎選手(現北海道日本ハム)に巨人など7球団が1位指名で競合しました。7球団競合は95年のPL学園・福留孝介選手以来。このとき当たりくじを引いたのが、当時、北海道日本ハムのGM補佐・木田優夫さんでした。

 

 当たりクジを引き当て、テレビカメラのスポットライトを浴びた木田さん、大役を終え、こうつぶやきました。
「僕のドラフトでは根に持っていたオフクロもホッとしてるんじゃないかな」

 

 木田さんは日大明誠(山梨)時代、エースで4番を務め、甲子園出場こそ叶わなかったものの身長188センチの大型右腕としてスカウト注目の的でした。86年秋のドラフト、木田さんは巨人から1位指名を受けました。だが、それは大学ナンバーワン左腕・阿波野秀幸さん(元近鉄など)の外れ1位だったのです。

 

 この年のドラフト、阿波野さんには大洋、巨人、近鉄の3球団が競合し、近鉄が当たりくじを引きました。巨人は外れ1位で木田さんを指名し、交渉権を獲得しました。その後、行われた新人入団会見で起きたのが、いわゆる「ドラ1が消えた!?」事件です。木田さんが後年、真相を語っています。

 

「普通、記者会見が終わると、"囲み取材"があるじゃないですか。ところが、あのとき巨人は3年連続で優勝を逃していたこともあって、ドラフト2位の水沢薫さんと、ドラフト外の山田武史さんという二人の社会人出身の即戦力ピッチャーに僕よりも注目が集まっていた。それもあって会見が終わって、誰も僕のところには寄ってこない。それで"もういいのかな"と、制服に着替えて帰ったんです。すると翌日の夕刊紙にこんな見出しが躍った。"消えたドラフト1位"(笑)。これには参りました」

 

 自身のドラフトでは散々な目にあった木田さんでしたが、見事、1/7の当たりを引き、リベンジを果たしたのです。日本ハムの元スカウトの三沢今朝治さんも「よく7球団競合でクジを当てたもんだ。"木田よくやった"と褒めてあげたいですね」と語っていたものです。

 

 ドラフトで指名した選手の当たり外れは3年、いや5年経ってみないとわからないと言います。今年のドラフトでも当たりクジを引いた球団とその選手に注目が集まっていますが、プロに入れば横一線です。

 

 ドラフトで指名された128人(支配下77人、育成51人)による1位もハズレも関係のない出世レースの始まりです。

 

(まとめ・文/SC編集部・西崎)


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