(写真:試合を見守る古賀総監督<中央>と矢野監督<手前>)

 大学日本一を決める「全日本学生柔道優勝大会」(全日本優勝大会)が13日からの2日間、千葉ポートアリーナで開催される。例年6月に行われていた同大会は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、昨年は中止、今年は11月に延期となった。環太平洋大学(IPU)は女子5人制で9年ぶりの大学日本一を狙う。この3月に古賀稔彦総監督が死去したこともあり、大会にかける思いは例年以上に強い。創部時からチームに関わる矢野智彦監督に話を聞いた。

 

――2年ぶりの全日本優勝大会開催となりました。

矢野智彦: チームとしては古賀先生に対し、“いい報告をしよう”と日々、稽古に打ち込んできました。大会でいい結果を残すため、チーム一丸となって取り組めていると思います。

 

――通常ならば地区予選にあたる中国四国学生優勝大会は未開催でした。

矢野: そうです。IPUは一昨年の実績(全日本優勝大会3位)で出場できることとなりました。大学の団体戦の二大タイトルがこの優勝大会と全日本学生体重別団体選手権です。2冠を目指すことに変わりはありません。

 

――今大会のキープレーヤーは?

矢野: 3年生の古賀ひよりですね。明るい性格でチームを引っ張る雰囲気を持っています。実は彼女、古賀先生の長女。稽古を見ていても特別な思いで臨んでいると感じます。彼女の柔道スタイルは古賀先生に近い。元々、身体能力が高い選手。今回の大会をきっかけに飛躍してもらいたいですね。

 

(写真:9年ぶりの全日本優勝大会制覇、そして団体戦2冠を目指す今年度のチーム)

――古賀選手は57kg級の選手です。全日本優勝大会の女子5人制は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に戦い、多くの得点(勝ち1点、引き分け0点)を獲得したチームが勝ち上がりとなります。先鋒、次鋒が57kg以下、中堅・副将が70kg以下、大将が無差別と規定で定められています。起用法もポイントとなりますね。

矢野: 優勝候補の東海大が頭ひとつ抜けている印象ですが、それ以外はどのチームが勝ち上がってもおかしくない。相手に競り勝つためにどこでポイントを取るかが重要になってきます。相手を見て、どこに誰を配置するか。その順番、配置がカギになります。それは監督としての醍醐味でもあります。

 

――過去の全日本優勝大会における会心の采配は?

矢野: 全日本優勝大会で初優勝した2012年の決勝ですね。2連覇中の山梨学院大と対戦しました。大将戦が始まる前の時点で2対1とIPUがリード。相手の大将は絶対的なエースで、78kg超級の山部佳苗選手でした。その大将戦に70kg級の安松春香(当時3年)を起用しました。彼女は組み手がうまいので、山部選手相手でも引き分けに持ち込めるという計算だったんです。結局、安松は判定で敗れたものの、相手に一本を許さなかった。一本で敗れていたら内容差で逆転負けでした。2対2で迎えた代表戦をIPUが制し、優勝することができました。

 

――怖さを知った大会は?

矢野: 2回戦で負けた18年ですね。その年の3位に入った桐蔭横浜大学に負けました。今振り返ると、確実にポイントを取る稽古と、そのための意識付けができていなかった。個人戦で結果を残していた選手が多かったので、私自身、選手任せにしてしまい、詰め切れなかった点を反省しています。

 

――主将は4年生の嘉重春樺選手です。

矢野: 彼女は2年生時から学年代表を務めていました。部員の中でも“日本一になりたい”という気持ちが人一倍強い選手です。どちらかと言えば、誰よりも稽古をし、その姿勢でチームを引っ張るタイプ。主将になってからは周りに声を掛け、チームメイトの意見に受け入れるようになり、成長しているなと感じています。チームのことを常に考え、主将の仕事を十分果たしてくれています。

 

 古賀総監督から学んだこと

 

――今年度のチームの強みは?

矢野: 今のチームにスター選手はいません。その分、ひとつにまとまっている。チーム力が強みだと思います。

 

――この3月に柔道部の象徴とも言える古賀総監督が亡くなりました。

矢野: そのショックは大きかった。古賀先生は1週間に1、2回稽古に来ていました。いつ来るかは特に知らせなかった。その時の道場の雰囲気を感じながら、いろいろなアドバイスや声がけをしてくれる。今でも道場にふらっと来るような気がしています。

 

(写真:矢野監督<中央>を支える片桐コーチ<右端>は環太平洋大OGで柔道部1期生)

――故・古賀総監督に誘われたのが監督就任のきっかけですね。

矢野: はい。古賀先生に「一緒にやらないか?」と誘われたのがきっかけです。私は寝技を得意としていたので、先生からは「オレの立ち技と矢野の寝技を教え、世界で活躍できる選手を育てよう」と言われました。

 

――古賀総監督は女子63kg級オリンピック金メダリストの谷本歩実さんを育てるなど、指導者としても定評があります。

矢野: 古賀先生から受けた影響は大きかった。先生の指導は“柔道を嫌いにさせない”というのが大前提にあった。勝負にこだわりながらも、選手たちを安心させる懐の深い指導方法は大変勉強になりました。

 

――古賀総監督が亡くなった時、「目配り、気配りの達人だった」とおっしゃっていましたね。

矢野: 選手たちを明るくしてくれるんです。古賀先生は道場に来ると、選手たちを必ず笑わせる。技術的なアドバイスはもちろんですが、そういった気遣いがすごいなと感じていました。人をよく見ているんだな、と。古賀先生とは長く一緒に仕事をさせてもらい、いろいろなことを教わりました。

 

――矢野監督が指導で大事にしていることは?

矢野: 本番を意識させることです。稽古だけ強い選手はたくさんいる。常に本番を意識したような稽古を積ませることを重視しています。“自分に嘘をつかない稽古”というのを創部以来、方針に掲げています。強くなるには、“自分に嘘をつかない稽古”を何本できるか。意識の高い選手はそれが実践できるし、その本数が減っていく選手は成長が止まってしまいますね。

 

――指導でやりがいを感じる瞬間は?

矢野: 試合や稽古、柔道以外の場面も含め、選手の成長を目の当たりにした時ですね。その時に“指導者になって良かったな”と感じます。

 

――今後に向けての目標を教えてください。

矢野: 伸び悩む選手は周りが見えていないことが多いので、まずは心配りのできる選手を求めています。それは古賀先生から学んだことでもあります。ぜひ先生が喜んでいただけるような結果を出したいと思っています。

 

矢野智彦(やの・ともひこ)プロフィール>

1973年10月31日、福岡県生まれ。現役時代の階級は73kg(旧区分では71kg)級。洞北中、東海大一高を経て、国際武道大に進学した。寝技の名手として知られる柏崎克彦の指導を受け、1年時に全日本ジュニア体重別選手権の71kg級で3位に入り、2年時には優勝した。大学卒業後の96年、東芝プラント建設の所属となり、全日本実業個人選手権を制し、講道館杯でも初優勝を飾った。講道館杯では階級区分が71kg級から73kg級になってからも連覇(計3連覇)を達成した。現役引退後は東芝プラント建設の柔道部監督に就任。07年、新設された環太平洋大女子柔道部の監督に就いた。10年に創部4年目で初の全国制覇(全日本学生体重別団体選手権大会)。12年に全日本学生優勝大会初優勝、翌13年には女子初の団体2冠に導いた。

 

(写真:ⓒ環太平洋大学)

 

 BS11では「全日本学生柔道優勝大会」の模様を11月14日(日)19時から放送します。今回取り上げた環太平洋大の他にも、連覇を狙う東海大、王座奪還を目指す山梨学院大にも注目が集まります。男子は東海大学が5連覇に挑戦。また男子の解説は東海大OBで東京オリンピック100kg級金メダリストのウルフ・アロン選手、女子は2011年世界選手権57kg級金メダリストの佐藤愛子さんが担当します。是非放送をお見逃しなく!


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