身震いするほどのパスだった。

 J2優勝争いの天王山となった11月7日、首位ジュビロ磐田と2位京都サンガとの一戦。0-0で迎えた後半32分、遠藤保仁の右足が輝きを放つ。左サイドにポジションを取り、味方からのリターンを浮き球のワンタッチパス、それもアウトサイドで左のスペースに送り、味方のゴールを呼び込み勝利に導いた。この1週間後のアウェー、水戸ホーリーホック戦に3-1で快勝して、チームは3シーズンぶりとなるJ1復帰を確定させた。

 

「芸術的なパス」の一言で片づけたくはない。

 技術が詰まっていたのはもちろんのこと、相手を手玉に取り、味方とはあうんの呼吸を図らなければならない。狙いを共有し、かつ、相手にそれを読ませないように仕向けたことであのパスは成立した。

 

 以前、遠藤に“一番、印象に残っているパス”を挙げてもらったことがある。

 それは、カタールで開催された2011年のアジアカップ、準決勝の韓国戦(1月25日)にあった。

 前半17分、日本の攻撃で左サイドに寄って引き気味にポジションを取った遠藤は、クサビに入った本田圭佑からリターンを受け取るや否や、相手の裏に出ようとする長友佑都に右足インサイドでワンタッチのスルーパスを送った。

 相手がちょうど追いつけず、長友ならちょうど追いつける糸を引くような一本。長友のクロスに合わせた岡崎慎司のヘディングシュートは相手GKに阻まれたものの、イメージ、パスの強弱、コースすべてが「思いどおり」であった。

 彼はこう言葉をつなげた。

「見ている人は“ただパスを出しているだけだろ”って思うかもしれないけど、圭佑から戻ってきたボールもきれいなゴロじゃない。ドーハのスタジアムの芝、ピッチの濡れ具合、長友のスピード、自分のボールのインパクト、回転……自分で言うのも何ですけどすべてがパーフェクトだったと思います。

 言うほどスペースが広かったわけじゃない。このタイミング、このスピードじゃないと無理だなっていう感じが僕のなかではありました」

 

 試合は生き物だ。

味方や相手ばかりでなく、天気、気温、ピッチの状況を含めた試合環境も関わってくる。すべてを頭に入れたうえで、あのパスがあったわけだ。

 

 京都戦で魅せたアウトサイドパスが素晴らしいのは、後半32分に繰り出していること。これまで彼を継続的にインタビューしてきたなかで、個人的にグッときた発言がこれである。

「僕個人としては後半15分ぐらいから後半40分ぐらいが一番楽しいというか、面白い。相手も疲れて集中力も途切れてきて、分かっていてもついていけなくなってきますから。その時間帯に、賢く考えられる選手でありたいという思いはありますよね。判断、技術の差が出やすい時間帯。後半40分を過ぎると相手もまた気合いを入れてくるんでね」

 

 まさに“ヤットタイム”にこのプレーが生まれている。相手が疲れてくる時間帯に入り、虎視眈々とチャンスをうかがっていたわけだ。偶然ではなく、必然に起こしたように見えてくる。

 

 遠藤のパスから攻撃に流れが生まれ、多くのゴールに帰結したのが2021年シーズンのジュビロ。最終節を残して73ゴールは、堂々のトップである(2位はV・ファーレン長崎の67ゴール)。タクトをふるった遠藤はシーズン序盤に足首を痛めて約1カ月離脱しながらも5月9日のアウェー、ブラウブリッツ秋田戦に途中出場で復帰してからは1試合も休むことなく、それも先発出場を続けてきた。41歳、まさに鉄人であり、「遠藤保仁ここにあり」を見せつけた。前人未踏のJ通算700試合出場のほかJ最多24年連続ゴールと記録を更新している。

 

 来季、ジュビロに残留するか、レンタル元のガンバ大阪に復帰するかは現時点で発表されていない。ただ、2022年に遠藤がJ1に帰ってくることは事実だ。

 至高のパスを探求する遠藤保仁の旅はまだまだ続く。


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