高野大樹(慶應義塾大学競走部短距離ブロックコーチ)<前編>「パラとオリの『共存共栄』への道」
慶應義塾大学競走部短距離ブロックコーチの高野大樹氏は、パラ陸上の高桑早生選手を10年以上指導してきたプロコーチである。今年の東京パラリンピックでは新種目ユニバーサルリレーの日本代表コーチも務め、銅メダルに導いた。コーチングの担当はパラアスリートのみならず、東京オリンピック日本代表の男子短距離・山縣亮太選手や女子ハードル・寺田明日香選手らオリンピアンにも及ぶ。パラリンピアン、オリンピアン双方のアスリートを指導する異色のコーチに、その指導哲学を聞いた。
二宮清純: 東京パラリンピックで、私が特に印象に残った種目は、日本が銅メダルを手にしたユニバーサルリレーです。高野さんは日本代表のコーチを務められました。第1走が視覚障がい、第2走が立位の切断および機能障がい、第3走が脳性まひ、第4走が車いす。男女混合で400メートルを走ります。異なる障がいのある選手たちが共生する姿がそこにありました。
高野大樹: そうですね。ユニバーサルリレーは男女比を均等にする以外にも、それぞれの種別において、最も障がいの軽い選手を起用できる区間は2区間と定められています。それを踏まえた上で、メンバー構成を考えるのには苦労しました。
伊藤数子: なるほど。起用法にもユニバーサルな視点が必要となってくるんですね。
高野: はい。代表選考に当たっては、まず候補選手の100メートルのベストタイムを元に組み合わせをシミュレーションしました。約300通りあったパターンから、先ほどの障がいが軽い選手を2区間までというルールを踏まえると、50通りに絞られる。そのうちメダルを獲れる可能性がある組み合わせは上位の10数通りしかなくなります。その基準に該当する選手たちを代表メンバーに選んでいきました。
二宮: オリンピックの4×100メートルリレーでは、2008年北京、2016年リオデジャネイロの2大会で男子日本代表がメダルを獲得しています。個の走力では劣っていても、バトンリレーの工夫などチームワークを武器に勝負してきました。同様にユニバーサルリレーもタッチワークが武器となっていましたね。
高野: ユニバーサルリレーでも、最も重要視したのはそこでした。他国の現状を分析すると、日本の合計タイムは明らかに劣る。だからこそタッチワークの精度を上げ、どこまでタイムを削れるかを考えました。
伊藤: 東京パラリンピックでは第1走者が澤田優蘭選手、第2走者が大島健吾選手、第3走者が高松佑圭選手、第4走者が鈴木朋樹選手というオーダーで予選、決勝に臨みました。このメンバー編成はいつ決定したんですか?
高野: 正式発表は3日前です。誰が走っても戦えるように、様々な組み合わせで練習してきました。
伊藤: そうだったんですね。早めにメンバーを固定して、練習を積み上げていたのかと思っていました。
人材交流が重要
二宮: 予選で47秒94と日本記録を更新しました。決勝は日本記録に迫る47秒98。このタイムは想定通り?
高野: 正直に言えば、日本記録更新も満足はしていません。ひとりひとりの疾走タイム、タッチワークのタイムがベストであれば、46秒90台が出てもおかしくはなかった。それは4人の調子がベストで、タッチワークが完璧だった場合の想定タイムなんですけど。ですから47秒台後半というのは……。47秒台前半が出ていれば、納得できていたと思います。
二宮: そのタイムが出せていれば、メダルの色も変わっていた?
高野: そうですね。今回の東京パラリンピックでは2着に入った中国の失格により、日本が3位に繰り上がりました。47秒前半であれば、47秒50のイギリスを上回り、繰り上げとは関係なく3位に入っていた。もう少しすっきり銅メダルを獲れていたと思います。
二宮: 今後に向けての課題は?
高野: まず個の走力を上げていかないといけない。先ほどあげたベストの想定タイムは46秒90台ですが、中国は予選で46秒02、金メダルのアメリカは決勝で45秒52と世界記録をマークしました。この2カ国との実力差はまだまだ大きい。日本がリレーで継続してメダルを獲るためには個人の走力をアップさせた上で、タッチワークの精度をさらに磨いていかなければなりません。
二宮: ユニバーサルリレーは、オリンピックの選手も交えた種目にしても面白いですね。走者も4人にこだわらず、6人や8人でリレーを行うなど、工夫次第で可能性は無限に広がります。
高野: レギュレーションの変更をIPC(国際オリンピック委員会)やWPA(世界パラ陸上競技連盟)は議論をしていないと思いますが、日本独自のルールを設けてもいいかもしれませんね。最初はあまり厳密なルールにせず、たくさんの人たちが参加できるかたちがいい。それが発展していくことで裾野も広がることが期待できます。
伊藤: 東京パラリンピックを経て、日本のパラ陸上界に期待することはありますか?
高野: ユニバーサルリレーでは銅メダルを獲得できましたが、日本の陸上短距離陣は個人戦で振るわなかった。抜本的な改革が必要だと思います。例えば、パラの選手たちがオリンピアンたちに練習から食らいついていくような場面をつくっていくのもひとつの方法です。まだ双方の距離が遠いと感じています。大会やイベントだけでなく日常的に近付いてくるといいですね。陸上競技という大きな括りで手を取り合い、切磋琢磨していくことが重要だと思っています。それは指導者も同じで、オリンピックのトップコーチがパラアスリートの指導を経験し、パラスポーツの指導者と議論し合えるような仕組みができたらいいなと思うんです。それが共栄や共存に繋がっていくことでしょう。
二宮: トライアスロンのようにひとつの団体で、パラスポーツもまとめて統括している競技もありますが、陸上は日本陸上競技連盟、日本パラ陸上競技連盟と別々の組織です。競技団体がひとつにならないにしても、双方の交流を密にすることが重要になってきますね。
高野: それはすごく大事な視点だと思いますね。私たちが率先して共生できる姿を見せていければいいなと考えています。
(後編につづく)
<高野大樹(たかの・だいき)プロフィール>
慶應義塾大学競走部短距離ブロックコーチ。1989年、埼玉県出身。中学・高校は陸上部に所属。埼玉大学進学に際し、教員を目指した。大学在学中にパラ陸上の高桑早生と出会い、指導者の道を歩み始める。同大大学院修了後、埼玉県内の高校教員を勤めながら高桑の指導を続けた。2018年、教員を退職し、プロコーチに。現在は慶大競走部短距離ブロックのコーチを務めながら、高桑のほか、山縣亮太、寺田明日香らを指導。日本パラ陸上競技連盟のユニバーサルリレーの日本代表コーチを務め、今年の東京パラリンピックでの銅メダル獲得に貢献した。