1月30日、代々木体育館を埋め尽くした1万人以上の観客はハンドボールという競技の醍醐味を感じていただろう。
 前代未聞の五輪予選やり直しの日本対韓国は、ハンドボールの歴史上最も盛り上がった試合であった。国際試合らしい序盤から緊迫した、いい試合だった。
 ただ、僕は試合が28対25で終わった瞬間、またかと天を仰いだ。
(写真:日本のエース宮崎。11番はキャプテンの中川)
 
 日本のハンドボールは弱くない。宮崎大輔のような欧州のトップリーグで通用する力を持つ選手もいる。末松誠や豊田賢治のスピードと技術は魅力的だ。
 ただ、本当に踏ん張らないといけないところで、勝てない。
 振り返れば、06年2月のバンコクでのアジア予選のカタール戦でもそうだった。その前のイランとの試合は審判が“操作”されていた。しかし、勝てば世界選手権の切符を得られる3位以内に入る可能性もあったカタールとの試合はそうでもなかった。カタール戦では、ミスを連発して自滅、敗れた。昨年9月に豊田で行われた北京五輪予選でも、韓国にいい試合をしたが、勝てなかった。

 今回の韓国戦は、予選やり直しという絶好の機会をもらい、いつも以上に力を出さなければならなかったはずだ。
 しかし――。
 キーパーの坪根敏宏、四方篤の二人のキーパーがあれだけシュートを止めて、3点差なのだ。
坪根も素晴らしかったが、四方が韓国のエースでありドイツでプレーするユン・キョンシンの7メートルスローを止めたのは凄かった。韓国としてみれば、ユンに点を取らせて、気持ちを乗せようとしたのだろうが、それが裏目に出た。二人はアジア最高峰のキーパーだった(個人的には高木尚が直前で代表から外れたことを残念に思っていたが、2人のプレーを見れば、彼も納得したろう)。
(写真:勝利に沸く韓国チームと観客席の応援団)
 
 先日、僕のフランスの友人が来日した。彼らは欧州のチャンピオンズリーグで優勝経験があり、世界で5本の指に入る強豪クラブのモンペリエのスポンサーをしている企業を経営していた。彼らは「いいハンドボール選手がいれば、クラブに推薦するので教えてくれ」と言った。
 今回の日韓戦を見ながら、僕は欧州のクラブの人間がいれば、誰に目をつけるだろうか、と考えていた。
 まずは韓国代表の主将で18番をつけていた、ペク・ウォンチョル。
 彼はハンドボールという競技を熟知している。試合の中に流れがあり、絶対に得点を決めなければならない瞬間がある。ペクはそこで決められる選手だ。
 また、相手の隙を逃さない。試合中、岩本真典がコートに入った瞬間、ペクはポジションを素早く変えた。岩本の弱点を突こうとしたのだ。僕はこれまでどれだけペクの凄みのあるプレーを見ただろう。悔しいがアジア最高の選手である。
(写真:今大会、韓国チーム最高の9得点をあげたペク)

(写真:身長203センチ、ドイツ・ハンブルグでプレーする韓国代表のユン)
 次は、もちろんユン。やはりあのサイズとシュートに入る動きの巧さは抜けている。
 9月の試合では15本シュートを打ち、13本決めた。今回、日本はユンを徹底的にマークをして、2点に押さえた。しかし、彼は自分が囮となって、周りを生かした。彼にしか打てない絶妙なシュートも見せた。そして背番号7番のジュン・スヨン。足の速さでは、日本にも同程度の選手はいる。ただ緩急の付け方が上手く、ずっと速く見える。
 そして、4番目にようやく宮崎大輔。
 この4人に共通するのは、縦への力強さがあることだ。
 ハンドボールで、横にパスを回すのは、ゴールに直結する縦への動きのタイミングを計るためである。
 日本代表監督の前任者のイビツァ・リマニッチは、横へのパスにこだわった。彼が監督時代の日本代表は、パスは美しく回っていたが、回り続けているだけで、得点に繋がらなかった。今回も、改善はされたが、縦への動きの出来る選手は限られていた。

(写真:宮崎に並ぶ5得点をあげた末松)
 大崎電気でプロ契約を結んでいる宮崎は、通常の大崎電気の練習の前に隣のグラウンドで黙々とタイヤを引き、ダッシュを繰り返すなど、1日中ハンドボールのことを考えたトレーニングをして身体を作り上げた。
 例えば、こんな風に思うのだ。スピードのある末松誠に、さらに宮崎のような強さがあれば――。
 僕がハンドボールを見始めて、末松ほど成長した選手はいない。技術、スピードに加えて、大同特殊鋼の同僚であるペクの薫陶を受けたためなのか、試合の流れを読む力もある。
 余談になるが、末松は25才となった今も、身長が伸びている。公表している身長は178センチだが、先日、佐賀での合宿で、180センチの中川善雄と背中を合わせて並んでもらったところ、末松の方が大きかった。
 上には伸びても、細い――。大同特殊鋼の資料では体重73キロしかない。
 富田恭介、武田享も同じである。韓国の同じポジションの選手と比べると、線の細さは否めない。動きを妨げる筋肉をつける必要はないが、世界水準のボディコンタクトに耐えるために、筋肉の鎧をまとうことは効果的である。

(写真:韓国に敗れた日本代表は、5月に行われる世界最終予選にまわる)
 末松、富田、武田といった、大同特殊鋼の選手たちの生活は過酷である。朝から夕方まで一般の社員と同じように勤務。業務終了から十分ほどで着替えて練習が始まる。昼休みも食事の時間を削って練習。夜の練習が終わると、疲れて眠るしかない。そんな中、身体を大きくしろというのは難しい。
 恵まれているとはいえない、環境の中で踏ん張っている選手達に僕は敬意を表する。
 善戦と勝利の間を乗り越えるのは選手の努力だけでは済まないことも分かっている。ただ、敢えて、言いたい。
 もう善戦はいい。いい加減、結果を残してくれ、と。



田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクションライター。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、出版社に勤務。休職して、サンパウロを中心に南米十三ヶ国を踏破。復職後、文筆業に入る。06年5月30日に単行本『W杯ビジネス30年戦争』(新潮社)が発売された。現在、携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。
田崎健太公式サイト『liberdade.com』[/b]
◎バックナンバーはこちらから