2005年J1第15節、ジェフユナイテッド市原・千葉対アルビレックス新潟の試合が行われた7月9日は、朝から空は分厚い雲で覆われていた。試合開始前、たっぷりと水分を含んだ雲が耐えられなくなったかのように、パラパラと雨を吐き出した。

 

 ジェフは前節のセレッソ大阪戦に0対2で敗れていた。試合内容としては悪くないが、勝ちきれない試合が多く、⒕試合を終えて10位に沈んでいた。前シーズンのセカンドステージで2位に入ったジェフにすれば物足りない成績だった。

 

 この日、指揮官のイビチャ・オシムが採用したシステムは少々特殊だった。

 

 ディフェンダーは斎藤大輔とイリアン・ストヤノフの2人、中盤に阿部勇樹、坂本將貴、佐藤勇人、羽生直剛、山岸智、ガブリエル・ポペスクの6人を並べたのだ。前線は巻誠一郎と林丈統。登録上は2-6-2となる。

 

 相手に押し込まれているときは、センターバックの二人に加えて、阿部が下がって三枚として、3-5-2。自分たちがボールを保持しているときは、中盤の一人が前線に加わり2-5-3となる。

 

 とはいえ、前掛かりな陣形のため守備は不安定になりがちだ。それでもオシムがこのシステムを採用したのは、いくつか理由がある。ひとつはオーストリア代表フォワードのマリオ・ハースの欠場である。

 

 このシーズン、フォワードの先発はハースと巻誠一郎の2人。途中から林が入ることが多かった。ハースの欠場により、“順位”が繰り上がり、林が先発、控え“二番手”の要田勇一がベンチ入りした。

 

 要田のベンチ入りは第2節以来、約4カ月ぶりとなる。

 

 要田はこう振り返る。

「このとき、無茶苦茶身体がキレていたんです。練習試合でも調子が良くて点を取っていた」

 

 オシムが選手に直接語りかけることはほとんどない。選手たちはスポーツ紙、あるいは記者会見などでオシムの考えを知る。ただ、監督と選手の最大のコミュニケーションは選手起用である。要田はオシムが自分をきちんと見ていてくれるのだと思った。

 

 試合開始からジェフが押し気味に進めるが、得点に繋がらない。先手を取ったのは新潟だった。コーナーキックからのこぼれ球をブラジル人フォワードのエジミウソンがゴールに蹴り込んで、先制。

 

 ジェフは後半8分、サイドからのクロスボールを佐藤勇人が合わせて同点に追いつく。

 

 しかし、新潟はゴールに向かったフリーキックのボールに上野優作が触って追加点。ジェフも2分後の16分に巻がクロスボールに体勢を崩しながら触ってゴール。同点に追いついた。撃ち合い、である──。

 

 スーパーサブとして結果を残した要田

 

 ジェフのベンチでは、試合内容を見ながら、控え選手同士が話し合うのが常だった。この日のベンチに入っていた中盤の工藤浩平、そして楽山孝志は要田と同様に途中出場が多い選手たちである

 

「俺ならばあそこに走るから、お前はパスを出して欲しいとか、そんな話をしていました。あのときは本当にサッカーが楽しくて仕方がなかった。(試合に)出してくれ、出してくれって思っていました」

 

 後半途中、オシムの指示で3人はピッチサイドでウォーミングアップを始めた。

 

 まず19分、林に代わって要田、2分後にポペスクに代わって工藤がピッチに入った。

 

 オシムは途中出場の選手に細かい指示を与えることはない。

「言われたのは、ゴール前にいること。前線からプレッシャーを掛けること。ランニングすること、ぐらいですかね」

 

 前線では巻が身体を張ったポストプレーを見せていた。要田に求められているのは、巻の周りを走り回り、ボールを拾い、ゴールを狙うことだった。

 

 心強かったのは、ベンチでの打ち合わせ通り、工藤が要田をめがけてクロスを上げてくれたことだ。工藤は視野が広く、パスを得意とする、“パッサー”である。工藤がボールを持った瞬間、自分を意識しているのが感じ取れた。31分には山岸に代わって、楽山が入っている。3人とも自らの存在価値を示すべく、ピッチの中を走り回った。

 

 終了間際の41分だった。

 

 右サイドからのクロスボールに巻が滑り込んで足に当てた。ボールがぽんと浮き上がる。ゴールキーパーは巻につられて前に出ていた。要田は頭で無人のゴールにボールを押し込んだ。3点目である。

 

 この瞬間、オシムはにこりとしながら、よくやったという風に要田に向かって親指を立てている。しかし、要田はそれに気がつかなかった。みんなが自分の周りに集まり、手荒く祝福していたからだ。

 

 この得点が決勝点となり、ジェフは3対2で勝利した。

 

 試合後の記者会見、オシムは冗談まじりにこう語った。

「心臓の悪いサポーターは、今日の試合には来ないほうが良かったと思うよ。それだけ危険な試合だった」

 

 そして表情を引き締めて続けた。

「ジェフというチームは勝たなければならないゲームをことごとく落としている。そういう意味でやるべきことが多い」

 

 記者の質問は、自然と途中からピッチに入り、決勝点を挙げた要田に向かうこととなった──。

 

(つづく)

 

田崎健太(たざき・けんた)

1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。

著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)。最新刊は「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版)。

2019年より鳥取大学医学部附属病院広報誌「カニジル」編集長を務める。公式サイトは、http://www.liberdade.com


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