今年も無観客で行われたプロ野球のキャンプが終了しました。昨秋のドラフトで指名された128人(支配下77人、育成51人)の新人選手のうち35人が1軍スタート。メディアでも早速、各球団の期待のルーキーたちが取り上げられています。

 

 2月27日付けの日刊スポーツ紙は、26日のオープン戦でホームランを放った広島のドラフト6位・末包昇大(すえかね・しょうた)選手に対し、<4番顔見せ1発 末包っす>と大きく報じていました。翌日のスポーツニッポン紙では、27日のオープン戦に先発し、3回無失点で抑えた巨人のドラフト3位・赤星優志(あかほし・ゆうじ)投手について<開幕ローテ名乗り!!>と紙面を割いて紹介しています。

 

 各球団のファンにとって、新人選手の活躍は嬉しい限りでしょうが、シーズンに入った途端に別人のように沈黙し、消えていってしまうケースも珍しくはありません。どうやらキャンプには“マジック”というものがあるようなのです。

 

 千葉ロッテOBの里崎智也さんは週刊ベースボール誌で<キャンプのマジックとバロメーター>と題したコラムで、こう書いています。
<異なる仕上がり具合で2月1日を迎えますが、それは体だけではなく眼も同じ。キャッチャーで言えばブルペンでボールを受けるのは久しぶりなんです。だからバリバリに仕上げてきた新人のボールがめちゃくちゃ良く見える(笑)。変化球はキレッキレ、真っすぐはグングン伸びる。すごいルーキーが入ってきた! なんて思うのはいつも序盤のこと。自分の体も仕上がり、眼が慣れてくると「あれ?」なんてことも……>(2022年2月7日号)

 

 同じくロッテOBの得津高宏さんには打者目線での話を聞きしました。得津さんは“マジック”とまでは言いませんでしたが、キャンプ序盤に活躍した新人打者に対し、「まだこの時期に出てくるピッチャーはエース級じゃないですからね」と釘を刺し、こう続けました。
「今打っているのは1軍に上がれるか2軍に行くかの瀬戸際のピッチャー。それがエース級となれば、3段階も4段階も上のレベルになりますから」
 真価が問われるのは主力級が仕上げてくるオープン戦後半からということです。

 

 一方でキャンプでの“マジック”には、メディアがもたらすこともあります。中日OBで、現在は東都大学野球リーグの立正大学監督を務める金剛弘樹さんは、現役時代フォークをウイニングショットにしていましたが、実はプロ入り前までは「たまに試合で投げるくらいで全然自信がある球ではなかったんです」というのです。

 

 2005年、社会人の日本通運から中日にドラフト9巡目で指名され入団した金剛さん。1軍スタートとなった春季キャンプのある日、中日OBの杉下茂さんに「そのフォーク良いな」と褒めてもらったというのです。“フォークの神様”と呼ばれ、プロ通算215勝を挙げた杉下さんの発言にメディアも食いつきました。
「翌日のスポーツ新聞の1面に“杉下がフォークを絶賛”と大きく載ってしまった。そうなると僕も投げるしかなくなったんですよ。周りからも『フォークどうですか?』と聞かれますから。自信はないけど投げるしかないなと思い、フォークについて真剣に考えるようになりました」

 

 そう振り返る金剛さんは、フォークを自分の武器に変え、プロで8年間プレーしました。1軍に定着することはできなかったものの、ファームでは3度のセーブ王に輝きました。
「もしあの時、取り上げられることがなければ、フォークをあそこまで真剣に追求することはなかった。もしフォークをモノにできていなかったら8年間プロでできなかったかもしれません。だから結果的に良かったと思っています」

 

 現在はSNSが発達し、情報の拡散力は格段に増しました。メディアで大きく取り上げられたことで、天狗になってしまう選手や戸惑う選手もいるでしょう。広島OBで現在は社会人野球のセガサミーで監督を務める西田真二さんは、PL学園から法政大学を経てドラフト1位でプロ入りを果たしました。当然、ドラ1ルーキーにはキャンプから熱視線を注がれたはずですが、「高校時代から甲子園優勝を経験していたので、メディア対応はある程度慣れていました。過大評価されても自分を見失うことがありませんでした」と言います。

 

 西田さんは自らの経験を元にプロの後輩たちにこうエールを送ります。
「プロの世界は良い時は持ち上げてくれるし、悪くなれば叩かれる。それは当然のこと。注目されているうちが華。お互いWIN-WINの関係でやっていけばいいんじゃないでしょうか」

 

 さて今季のルーキーたちは、“キャンプマジック”が解けて一気に下降線を辿るのか、それとも“キャンプマジック”でノリに乗った勢いで上り詰めていくのか。メディアに大きく取り上げられる他のルーキーの活躍が刺激となり奮起する選手もいるでしょう。そこは競争社会のプロ野球です。果たして新人王レースの“ポール・ポジション”を取るのはどの選手か。オープン戦後半のプレーに注目です。

 

(文/杉浦泰介)


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