女子ソフトボールの新リーグ「JD.LEAGUE」が3月28日、開幕する。初代女王を目指すビックカメラ高崎はZOZOマリンスタジアムでトヨタと対戦することになった。日本リーグ優勝回数はビックカメラ高崎14回、トヨタ10回。長きに渡って覇権を競い合ってきたライバルが新リーグの開幕からいきなり激突だ。注目はビックカメラ高崎のエース上野由岐子。北京、東京オリンピック金メダルなど数々の栄誉に浴してきた鉄腕のピッチング論に迫った。

 

――いよいよ新リーグがスタートしますが、今までとは違った気持ちでシーズンを迎えていますか?

上野由岐子: “新リーグだから”と特別な気持ちはあまりないですね。今までとは試合数も形式も違いますし、ナイターも実施されます。“今年はどうなっていくんだろう”との不安は少なからずあります。ただ私としては、試合で表現するという選手としての気持ち、役割は変わらないと思っています。

 

――ワクワク感よりも不安の方が大きいと?

上野: どちらもありますね。初めてのことに対する不安もあれば、今までとは違ったものになるワクワクも。試合以外のことで言えば、ファンと交流するイベントが増えてくると聞いているので、それが楽しみです。

 

――今季のレギュラーシーズンは例年までの22試合から29試合と7試合も増えました。

上野: 私たちは“試合をしてナンボ”なところがあります。日々の練習の成果を出し、良い結果を残すことが、選手としては一番の見せ場だと思っている。試合数が増えることで疲労感も加わってくると思いますが、自分を表現する機会が増えることに関しては、やりがいの方が大きいですね。

 

――新シーズンに向け、取り組んでいることは?

上野: 今年40歳になるので、自分の身体が今までとどう変わってくるのか。それを把握しながら戦っていかなければならないし、試合数も今までとは違うわけですから、いろいろな意味で試すことの多い1年になると思っています。自分がどのくらいできるのか、試合数が増えることでどういう反動があるのか。やってみなければわからない。すべてが初めての経験なので、思い切って“当たって砕けろ”という気持ちで1年を戦えたらいいかなと思っています。

 

――続いては上野投手のピッチング観について伺いたいと思います。試合後のインタビューなどで、調子の良し悪しについて聞かれると、よく「それよりもその時のベストを尽くすことが大事」と話されています。

上野: 調子の有無よりも、自分の仕事を全うできたかどうかの方が大事です。調子が良いから勝てる、調子が悪いから負ける。ここは意外とイコールにならないんです。それがチーム競技の良いところだと思っています。1人の結果で勝敗が左右されないからこそ、求めるところは個の結果ではなくチームとしての役割。どういうピッチングをしなければいけないのか、今の自分は何ができるのか。それをしっかり把握した上でプレーしていくことが大事だと思っています。

 

――調子の良し悪しには左右されないと?

上野: 私の中では自分自身の良し悪しではなくて、今の自分を100%出すことが大事。それは90%でもないし、120%でもなく100%でなければいけないと思っています。例えば調子が悪くて80%しか出せない時、その日の最高である80%を出し切ることが大事。その方が私は後悔しない。勝負の世界なので白黒は付きますが、負けた時に反省が残る負け方をしないと次には進んでいけないと思っています。

 

“頑張るのは当たり前”

 

――相手との勝負よりも自分との勝負。そのピッチング観は、以前テレビ番組の「私の一冊」という企画で上野投手が紹介していた須永博士さんの著書『小さな夢の詩集6「絶望より立つ」』の表紙に記載されている<人に負けてもいい しかしやるべきことをやらない自分の弱さには絶対負けたくない>と相通ずるものがありますね。

上野: この詩集は私が小学生の時に出会った本ですが、その時に“これだ!”とビビッときましたね。今もその時の感情が自分の基準になっているんです。“こういうふうな自分でありたい”と。今でも、この詩に出会った時の衝撃は忘れられないですね。本は手元になくても、その言葉はずっと心に残っていますから。

 

――2015年の日本リーグ決勝で味方がエラーした時、「エラーだからこそ自分が頑張る場面」とおっしゃっていました。

上野: それはチーム競技だからですかね。私が打たれたら、チームの仲間が打ち返してくれる。だからこそ仲間がエラーした時に、抑えることで仲間を守ってあげることが、自分の仕事だと思っています。そこは絶対に点をやるわけにはいかない。逆に私が打たれた時は、「みんな頼んだよ」と言える持ちつ持たれつの関係でありたい。実際にチームメイトに声を掛けるわけではありませんが、そのくらいの気持ちではいます。

 

――例えば味方のミスで失点してしまったり、好投していても援護がなく試合に負けてしまったりと自分以外のところに敗因を求めてしまうことはないのでしょうか?

上野: 私は割と気にならないタイプですね。自分ひとりだけが頑張っていると思ったことがない。それぞれ頑張ることが違いますから。私はピッチャーとしてやるべきことがある。私が“特別頑張っている”という気持ちもなければ、逆にピッチャーだから“頑張るのは当たり前”と思っているところもあります。

 

――東京オリンピックで13年ぶりの金メダルを獲得し、日本リーグ最後のシーズンもチーム3連覇に導きました。今のモチベーションはどこにあるのでしょうか?

上野: それは難しいところですね。確かに若い時はモチベーションがないと頑張れませんでした。ただ今はモチベーションがなくても頑張れる。モチベーションの有無に自分が左右されなくなったんだと思います。やる気があろうがなかろうが、やるべきことをやる。自分はそういう立場だと感じているので、与えられた仕事をひたすらやり続ければ、結果は自ずと付いてくる。

 

――その境地に至ったのは?

上野: 昨年の東京オリンピックが終わった後ですね。それまでは“オリンピックのために”と頑張ってきましたから。今は引退の紙一重のところを走っていると思っています。自分の気持ちが少しでも転げ落ちてしまえば、いつ引退してもおかしくない。紙一重のところを真っすぐ走っていくには、道がどんなに荒れていても心が揺るがされないことが必要になっていきます。だからモチベーションの有無、調子の良し悪しは、あまり関係ない。チームに必要とされている以上、私にはやるべきことがある。そのために頑張ることで、やりがいを感じられますから。

 

 誇れる北京の申告敬遠

 

――東京オリンピックでは初戦、オーストラリア戦に先発しましたが、初回にコントロールが乱れ、押し出し死球を与えました。

上野: オリンピックの初戦は正直、自分がああいうふうになるとは思っていませんでした。コロナ禍で対戦相手のデータが少なく、慎重に行き過ぎた部分もありました。試合ではやってみなければわからないことがたくさん出てきます。その時にいかに対応できる引き出しを持っているかが問われる。だから試合は楽しいですね。“まだこんなことあるんだ”という発見がありますから……。

 

――この日の球審のストライク、ボールの判定は日本にとっては厳しいようにも映りました。判定でイラッとしたことも?

上野: その日の審判によってストライクゾーンは全然違います。そこにどれだけ対応できるかはスキルの問題。私はバッテリー間だけでなく審判とも共同作業だと思っています。だからジャッジに気持ちが左右されることはあまりないですね。

 

――ソフトボールはスタメン出場の選手が1度だけ再出場できるリエントリー制という特殊なルールがあります。東京オリンピック決勝で先発した上野投手は一度降板後、最終回に再びマウンドに上がりました。気持ちを切らさない、あるいは降板後も持続させなければいけない難しさがあったのでしょうか?

上野: そこは慣れですね。私も20代前半の時、リエントリーで1度失敗しました。初めてリエントリーを経験した時で、まさか再登板するなんて思ってもみなかった。そこで気持ちを切らしたことで、マウンドで思い通りのピッチングができなかったんです。投げてなくても投げている緊張感を持続しておかないとリエントリーは難しいと学びました。それからは先発投手を任された時は、いつでもマウンドに戻れる準備をしています。投げていなくても試合の状況を把握しながら準備をしていた。だからオリンピックの決勝は“きっと戻るんだろうな”と思っていたので、個人的には難しいことではなかったですね。

 

――生涯最高の1球はありますか?

上野: 渾身の1球というのは投げたことがありません。100球投げたら全球に自分の中での意図があります。力加減など状況に応じて投げ分けているので、“この1球が”というものはないのかもしれません。投げてはいないので、質問の意図とは違うかもしれませんが、私の中で絶賛できるのは北京オリンピック決勝でアメリカの4番(クリストル・)ブストスに与えた申告敬遠ですね。この判断は自分がピッチャーとして一番成長できたと思えた瞬間でした。あれは今でも勝つために必要な判断だったと胸を張って言えます。

 

――最後に改めてJD.LEAGUEへの意気込みを。

上野: チームは主力選手が抜けた(日本代表の山本優、森さやかが引退)のでチャレンジャーの気持ちで戦っていかなければいけないシーズンになると思います。優勝を目指すことは当たり前ですが、自分たちの現状を把握しつつ、1試合1試合戦っていきながら成長できるチームをつくっていきたい。優勝にとらわれ過ぎるのではなく目の前の一戦に勝つことにこだわっていきたいと思います。

 

上野由岐子(うえの・ゆきこ)プロフィール>

1982年7月22日、福岡県生まれ。小学3年でソフトボールを始める。柏原中学、九州女子高校(現・福岡大附属若葉)を経て、2001年、日立高崎ソフトボール部(現・ビックカメラ高崎)に入部。1年目から13年連続2ケタ勝利を挙げるなど、11度のリーグ優勝に貢献した。ベストナイン(投手)には6度選ばれ、最高殊勲選手賞と最多勝利投手賞は8度受賞した。日本代表では2004年アテネ、2008年北京、2021年東京とオリンピック3大会に出場。アテネの銅、北京&東京の金メダル獲得に貢献した。投手。右投右打。身長174cm。背番号7。

 

BS11では「JD.LEAGUE」開幕戦ビックカメラ高崎vs.トヨタ戦を生中継します。オンエアは3月28日(月)19時。新リーグの行方を占う戦いは必見です。是非ご視聴ください。

※雨天の場合、「日本女子ソフトボールリーグ2021決勝戦ビックカメラ高崎vs トヨタ」を放送いたします。

 

(取材・構成/杉浦泰介、写真/ビックカメラ高崎提供)


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