優先すべきは「市場」か「公益」か。英国をはじめ欧州の一部で成立している「ユニバーサル・アクセス(UA)権」に関する法整備を日本でも検討すべし、との声が上がったのは、1カ月前のことだ。サッカー日本代表が7大会連続7度目のW杯出場を決めたアウェーでのオーストラリア戦がテレビ中継されなかったことで、議論に火がついた。

 

 UA権とは、ひらたく言えば誰もが自由に情報にアクセスできる権利のこと。スポーツが「公共財」としての地位を得ている英国でUA権が確立しているのは、スポーツを始めとする主要イベントの視聴が「基本的人権」の一部と見なされているからである。

 

 仮に日本でUA権を成立させる場合、憲法13条の「幸福追求権」と同21条の「知る権利」をもとにした法整備が行われるとみられている。その一方で憲法は22条で「職業選択の自由」を保障する関連上、「営業の自由」も認めており、企業の自由な経済活動を安易に縛ることはできない。議論の行方は見通せないが、この国においてスポーツが「公共財」と認められるためには、どうあるべきか、また何をすべきかを考えるきっかけにはなったはずだ。

 

 ところで冒頭で問題提起した「市場」か「公益」かの議論は目下、17イニング「完全投球」中の千葉ロッテ佐々木朗希の今後について考える上でも有益だ。17日の北海道日本ハム戦で井口資仁監督が8回で降板させた采配が物議をかもしている。降板の理由について井口は「先々のことを考えると、ちょっとあそこ(8回)で限界だった」と語った。将来を見据えての判断である。彼の才能の埋蔵量は無尽蔵であり、もし、その身に万一のことがあれば、ひとり佐々木のみならず、その損失は球界全体に及ぶ。プロ野球を国民的娯楽と位置付ければ、「公益」の棄損だ。また手術の前に治療、治療の前に予防という身体保護の大原則に照らしても、井口の判断に落ち度はない。

 

 一方で、有史以来、誰も達成したことがない2試合連続パーフェクトの可能性があるのなら、それに挑戦させるべきだった、との意見も少なくない。ワクワク、ドキドキの9回は、最高のファンサービスにして、最上のエンターテインメントになるはずだった。「市場」の論理に従えば、あそこは続投だよ、となる。わからないでもない。

 

 いずれにしても完全試合という非日常が日曜日の日常になるなどと、いったい、どこの誰が想像できただろう。できうれば、この傑物を観賞する喜びを同時代人のみならず、次世代の人々とも分かち合いたい。既に20歳は、世代を超えた国民共有の財産である。

 

<この原稿は22年4月20日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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