レッドソックスにとって重要な意味を持った10月15日のリーグ優勝決定シリーズ第3戦で、松坂大輔はまたも期待に応えられなかった。
 波に乗るインディアンス打線をかわしきれず、4回2/3を投げて4失点。地区シリーズのエンジェルズ戦に続き、これで2試合連続で5回を持たずに降板したことになる。そしてこのコラムを書いている時点(現地時間17日)で、レッドソックスは1勝3敗でシリーズに王手をかけられてしまった。このままいけば、15日の煮え切らない投球が今季の松坂の最後の登板となる可能性が高い。 
 獲得に1億ドル以上(約120億円)を費やされながら、プレーオフでは好投できずじまい。ここまでは温かく見守ってきたボストンの熱狂的なファンも、もしこのままシリーズに敗れた場合には、期待を裏切った高額輸入品への風当たりを強めるに違いない。
(写真:シーズン後半はバリテック捕手が心配そうに松坂の元に駆け寄るシーンが多かった)
 今季全般を振り返ってみると、松坂のこの不安定な投球はプレーオフの時期に突然始まったわけではない。
 最終成績は15勝12敗(防御率4、40)。ルーキーとしてはまずまずだが、オールスター以降に限れば5勝6敗(5、19)。打高投低のアリーグ東地区とはいえ、エース級の役割が望まれた投手として及第点とは言えまい。
 1先発につき平均6回1/3で108、8球を要したことからも分かる通り、打者を圧倒するには至らず、多くの球数を費やしての苦心の投球を余儀なくされた。シーズンが進むに連れて、莫大な入札額がゆえに生み出されたBUZZ(興奮した噂話)は松坂の周囲から消えてなくなって行った。
 結局、予想通りMLBへのアジャストに苦しんだということなのだろう。
「日本ではメジャーでいえば6〜8番打者レベルの選手とばかり対戦していたのだろうから、今投げている直球でも支配できていたはずだ」
 10月6日の「ニューヨーク・デイリーニューズ」には、ある球団のGMの意見としてそんなコメントが掲載されていた。その言葉通り、日本では最高レベルのパワーピッチャーと言える松坂でも、球威だけ取ればメジャーでは「中の上」程度に過ぎない。それゆえに、常に丁寧にコントロールしていかなければ簡単に痛い目に遭ってしまう。だとすれば、長いシーズンの疲れが出て、制球が乱れる後半戦に打ち込まれたのは自明の理に思えてくる。
「いくら投げても疲れない馬車馬」。渡米時の松坂はそんな風に触れ込まれてもいた。「高校時代の延長17回完投」「日本プロ野球での球数の多さ」などは米国でも半ば伝説化していて、そのために当初はスタミナの心配などまったくされてはいなかった。しかし、その面でも松坂はやや期待を裏切ったと言える。シーズンが進むに連れて、球のキレ、制球共にジリ貧なのは明らかだったからだ。
より厳しい日程で、より長い移動距離で1年を過ごすメジャーのシーズンの難しさは想像以上だったということなのだろう。しかも太平洋を渡って来て、まったく違った文化の中に放り込まれての1年目だったのだから、考えてみれば徐々に疲れが出てくるのは当然だった。
 松坂の失速は、心身共のスタミナ切れによるもの。最も大事なプレーオフでも身体と球のキレが戻らなかったことは、やはり残念でならない。

(写真:レッドソックスの仲間たちは松坂を温かく支えている)
 もっとも、そんな尻切れトンボの働きを見せられた後でも、それでも松坂の1年目は「失敗」ではなかったと筆者は思う。
 理由は「15勝」ではなく「チームの地区優勝」。もしプレーオフでこのまま負ければボストンは一気に敗北ムードとなりそうだが、一方で彼らがヤンキースの11連覇阻止という偉業を成し遂げたことを忘れるべきではない。そしてそれを可能にしたシーズン中盤までの快進撃に、オールスター前まで10勝6敗と健闘した松坂も確実に貢献したのだ。
遡れば、レッドソックスは昨オフの松坂獲得によって、開幕前から「もうヤンキースの下位では終わらない」という気概を示していた。さらに、シーズン中にもヤンキースらとの争いに勝ってエリック・ガニエを獲得。そのガニエはまったくの不調に終わったが、それでもレッドソックスが「強いチーム作り」に本腰であると再び世に向かって示したことに変わりはない。
 本人が望む、望まないに関わらず、松坂はそんな新生レッドソックスの象徴的存在としてライバル関係の中に放り込まれた。莫大なプレッシャーの中で、何とか1年間を乗り切った。「勝利の流れ」の一員になった。そして、レッドソックスは目論見通りヤンキースをシーズン成績で上回ってみせたのだ。
 終盤は慢性的なガス欠に陥りながら、それでも松坂が地元からそこまでの批判を受けなかった(少なくとも、プレーオフ前までは)のは、この部分が大きかったに違いない。史上最大級の重圧を背負ってボストンに降り立った松坂は、曲がりなりにも「勝利の使者」の役割を果たしたのである。

(写真:フランコーナ監督も来季以降の松坂にさらに大きな期待を寄せているはずだ)
 そして最後に来季以降を占っても、メジャーリーガー松坂の前途は決して暗くないように思う。
 ルーキーシーズンに体力的に苦しむのは仕方なかった。かつて野茂英雄も、ドジャースでの1年目前半はセンセーションを巻き起こしながら、後半はスタミナ切れでやや失速した。しかしその経験から学んだ野茂は、2年目にはシーズンを通じて活躍できるペース配分を会得し、前年を上回る16勝を挙げた。投手としてのスマートさに定評がある松坂なら、来季に同じことができるだろう。
 また、極端な打高投低のアメリカンリーグ東地区では、試合中は一時たりとも気は抜けないことも今季に学べたはず。メジャーリーガーとしての体力がつくことで、集中力も維持できるようになる。そうすれば、マーリンズからレッドソックス移籍後1〜2年目で大きく成績を上げたジョシュ・ベケット(06年・16勝→07年20勝、防御率・同5、01→3、20)に続くことも、来季の松坂には十分可能なのではないだろうか。
 日本人、アメリカ人その両方にとって、やや期待はずれだったかもしれない松坂大輔の1年目。だが誰にでもアジャスト期間は必要だ。ここは1つ、長い目で見てあげたいもの。そして過渡期が終わるであろう来年こそ、怪物は真の姿を現すかもしれない。
 チームの優勝に貢献する中で、ときに苦しみながら貴重な経験を積めた2007年は、松坂にとって決して無駄にはならない時間だったはずである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
◎バックナンバーはこちらから