eスポーツのメンタルコーチとして活躍する石井康二氏は異色のキャリアを持つ。車いすバスケットボールでU-24日本代表に選ばれ、障がい者セーリングではリオデジャネイロパラリンピック最終予選に出場した。車いすソフトボールでは日本代表のキャプテンとしても活躍。現在はBASE株式会社でAthlete Group Managerとしてeスポーツのメンタルコーチを務めるほか、パラスポーツの普及など幅広く活動している。その石井氏に、ここまでの歩みを振り返ってもらった。

 

二宮清純: 石井さんは車いすバスケットボール、障がい者セーリング、車いすソフトボールを経験してきましたが、現在はeスポーツのメンタルコーチを務めています。自身のキャリアとは異なる競技のコーチに就かれたきっかけは?

石井康二: 40歳になったタイミングで、競技者ではない自身のキャリアを考えました。“自分は何がやりたいんだろう”と。私自身、競技をする上でたくさんの人に助けられてきました。だから、“今度はアスリートを支援する側に回りたい”と思ったんです。私は大学時代、心理学を専攻していましたのでスポーツ全般におけるメンタル分野に興味がありました。インターネットで「スポーツ」「心理学」と2つのキーワードを打ち込んで検索すると「メンタルコーチ」という職業に辿り着いたんです。

 

伊藤数子: メンタルコーチへと転身して、自身が経験してきたパラスポーツではなくeスポーツに携わることになったのはなぜでしょう?

石井: 車いすソフトボール選手からメンタルコーチへの転向を考えていた時、あるeスポーツプレイヤーのドキュメンタリー番組を観たんです。そこには、プレイ中に選手のまぶたがピクピク痙攣を起こしていたり、試合後にへたり込んだりと、精神的に疲弊しているシーンが映っていた。そこにメンタルコーチの必要性を感じ、“やってみよう”と行動に移すことにしたんです。

 

二宮: 元々、eスポーツに興味があったのでしょうか。

石井: もちろん、それも理由のひとつです。私自身、小さい頃は「ゲームばかりやっていないで、外で遊びなさい!」と母親に叱られるほど、ゲームにのめり込んでいました。中学時代はゲームセンターやビリヤード場にあるアーケードゲームに仲間たちと夢中になりました。

 

二宮: eスポーツ業界との繋がりは?

石井: なかったです。eスポーツプレイヤーを支援している団体をインターネットで検索しました。プロサッカークラブの東京ヴェルディは地域密着の総合型スポーツクラブを設立し、その中にeスポーツを組み込んでいた。それでヴェルディに連絡したところ、話を聞いてくれることになり、自分のやりたいことをプレゼンしました。その思いに共感していただき、ヴェルディのeスポーツチームのメンタルコーチを担当することになったんです。

 

 行動指針を実践

 

伊藤: さすがの行動力ですね。その後、BASEで働くようになったきっかけは?

石井: 2019年に開催された「東京ゲームショー」の企業対抗戦にヴェルディのメンタルコーチとして参加した際、BASEも大会にエントリーしていたんです。当時、BASEは日本で初めてeスポーツ選手のパラアスリート雇用を実現させたばかりの企業でした。会場に来ていたBASEの担当者と、私のこれまでの経験や、eスポーツの将来、障がいのある当事者としての視点を話す機会がありました。その後、その担当者が私を評価してくださり、「ぜひBASEで一緒にやりましょう」と熱心に誘ってくれた。それでBASEのアスリートチーム「BASE Athletes」のeスポーツチームのメンタルコーチに就いたんです。

 

二宮: トントン拍子に事が進んでいったわけですね。

石井: そこはeスポーツ界の柔軟さを感じました。この業界には“eスポーツの発展のためになるものは取り入れていこう”というマインドを持つ人が多い。実際にBASEと業務委託契約を結んだのは東京ゲームショーから数カ月後のことでしたからね。手前味噌ですが、BASEが掲げる行動指針のひとつに「Move Fast」があります。やってだめなら修正するなり、反省するなりすればいい。やらずに時間だけかかってしまい、機会を損失するより、挑戦することに価値がある。それが文化として根付いている。採用においても、先ほど挙げた「Move Fast」を含む3つの行動指針に重きを置いていると聞きます。

 

伊藤: とはいえ、「ゲームばかりするのは良くないことだ」と、eスポーツに対する偏見はまだ少なくありません。

石井: そうですね。ただ社内ではゼロだと感じます。eスポーツに限らず、会社では理念や行動指針が共有できているんです。

 

二宮: 「ゲーム」から「eスポーツ」と呼ばれるようになり、競技性が高まってきました。あるスケートボードの指導者に話を聞いたところ、団体スポーツの規律が嫌いでスケートボードにハマッたのに、競技団体のコーチになったことで規律が求められる立場になった。その矛盾と戦っている、と。eスポーツも元々は遊びからスタートしたものですから、競技化による葛藤もあると聞きます。私も規律が嫌いでフリーになりましたが、会社を興したら従業員には規律を求める。ある意味、“永遠の矛盾”ですね(笑)。

石井: “永遠の矛盾”とは、いい表現ですね。明日からは私の言葉として使いたいと思います(笑)。会社という組織で何かを始めようとしたら、時にそういった矛盾と向き合わなければいけない。私は社内でチームのコーチとマネージャーを兼ねています。できる限り選手が叶えたいこと、実現したいことに100%寄り添い、導いていきたい。マネージャーの立場としては会社が求めることと現場の調整役を担わなければいけない時もあるでしょう。ただeスポーツという畑、そしてBASEの文化はチャレンジを応援してくれる。eスポーツを通じて、誰もが活躍できる社会を実現できれば、私は幸せです。

 

(後編につづく)

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石井康二(いしい・こうじ)プロフィール>

BASE株式会社Corporate Division Athlete Group Manager。1977年、埼玉県出身。1992年、交通事故により、両足に障がいを負い、車いすユーザーとなる。車いすバスケットボール選手として、2001年、U24車いすバスケットボール日本代表に選ばれた。2012年、車いすソフトボール選手に転向。日本代表のキャプテンを務めるなど、2017年の世界大会準優勝に貢献した。また2015年、障がい者セーリングにも挑戦。日本代表として、リオデジャネイロパラリンピック最終予選に出場した。2019年からeスポーツのメンタルコーチとして多くのプロチームを担当。現在はBASE株式会社Corporate Division Athlete Group Managerとして活動している。同社のアスリートチーム「BASE Athletes」のeスポーツチームマネージャー兼コーチを務めるほか、パラアスリートの指導やパラスポーツの普及活動にも取り組んでいる。好きなゲームは「シャドーバース」。

 

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