(写真:セントジョージの赤い荒野を走る筆者)

 今月、僕にとって2年半ぶりのトライアスロンに出場した。

 35年前からこのスポーツを始め、早々にプロとして活動していたため、これまで人生で600近いレースを世界中で走ってきた。なので、1年間レースをしないなんてことはなかったのだが、コロナ禍で2シーズン以上も間隔が開くという事態。大会の準備をしている時から、不安と喜びが入り混じる不思議な感覚があった。「僕は本当にレースを走り切れるのか」という恐れと、準備をしていてもそれが正しいのかさえ分からない心境。レースに戻れるのはうれしいはずなのに不安は募る……。

 

 コロナ禍は参加型スポーツを大いに制限した。

 マラソンやトライアスロンなど、大勢の人が一度に行う形態のイベントは感染防止の観点から開催が難しく、ほぼ2年間止まってしまった。プロのような観戦型はともかく、大人数が参加し、移動するだけにある程度は仕方のないことだったのかもしれない。参加型スポーツイベントは競技中だけでなく、それ以外の時間帯をどのように安全に運営できるかが大きなポイントになっているからだ。

 

 それでもようやくこの半年、世界の風向きが変わり始めた。マスクの緩和や社会活動が回り始めた。少なくとも欧米でその動きは顕著で、今回僕が出場したアイアンマン世界選手権も開催に大きく舵を切った。

 

 5月上旬、ユタ州セントジョージ。赤い荒野の中にできた街に、世界中から3000人が集まった。本当は3500人程度のエントリーだったのだが、渡航制限やウクライナ侵攻などもあり欠場せざるを得ない選手がかなりいた模様。それでも世界から3000人が集まるというのが新鮮だった。

「我々も不安がなかったわけではありません」とアイアンマンを運営する会社の幹部は言う。「パンデミック以降、なかなか大きな大会を世界から集めて行うというのはできなかった。今回のその復帰第1戦目なのです」。なので、彼ら自身もどれだけ選手が本当にスタートできるのか不安だったらしい。

 運営にとってもそろりそろりとスタートしたということなのだろう。

 

 初心者に戻ったような感覚

 

(写真:2年半ぶりのレースを噛みしめる)

 選手にも話を聞いてみた。

 やはり多くの選手にとって久しぶりのレースとなるため、準備段階からリアリティがなかったので不安であったとのこと。世界選手権なので経験値が高い選手が多いはずなのだが、それでも何か初心者になったような不安感があったそうだ。もちろん走ってしまえば、カラダの中に眠っていた経験値が活性化し、何とかなるものだというのも証明してくれた。とはいえ、このレース前の不安感はまるで皆が初心者に戻ったようだった。

 

 前準備やレース中の動きも一つ一つ確認しながら。そしてアイアンマンに欠かせない補給も、どの程度のものをどのように、どのようなタイミングで食べるのかなど、一つ一つ思い出しながら、じっくり考えて進める。

 今まで自分の中でルーティン化されていたものが消滅し、ある意味新鮮な気持ちで取り組めたのかもしれない。その意味ではむしろ新たなスタート地点に皆を立たせてくれた貴重な機会だったとも言える。

 

「初心者になった気持ちで取り組む」。

 経験が長ければ長いほど、忘れていた、そんな謙虚さを思い出すきっかけになった。

 

「New Beginning(新しいスタート)」

 これは今回主催者が本大会のテーマにしていた言葉。まさにベテランも新人も新しい気持ちで歩み出すとき。とするならば不安は喜びの増加装置か。そしてコロナ禍があったからこそ、そのことに気づけたのかもしれない。

 

 これはもちろんトライアスロン以外にも言えること。

 望んではいなかったが、突然強制的な変化せざるを得なかった。

 それを嘆くのか、変化から新しいスタートに前向きに取り組めるのか。

 こればかりは個人がどうとらえるかしかない。

 

 その意味では、こうした競技に取り組んでいる方々は、前向きに取り組むしかないわけで、結果的には変化を楽しめるのかもしれない。

 

 ともあれ、この新鮮な気持ちをしばらくは大切にしていきたい。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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