朗報を受けての会見で涙が止まらなかった。「自然とこみ上げてくるものがありました」。社会人時代にアンダースローに転向して5年、NPBを目指してアイランドリーグにやってきて3年。「諦めなければ夢は叶う」。後輩へのメッセージを、塚本浩二は自らに言いきかせるように語った。
 スピードはいらない

 香川の主力投手として10勝をあげた昨季、あるスポーツ新聞で「ドラフトの隠し球」との記事が出た。しかし、本人は「ノーチャンス」だと感じていた。「シーズンが終わった段階で、もう1年やろうと決心していましたから」。実際に指名もなかったが、大きなショックはなかった。
 
 加藤博人コーチから今季に向けて与えられたテーマは緩急をつけることだった。「スピードがない……と言われるので、これまではスピードを上げることを考えていました。でも、もう僕は高校生じゃない。いくら鍛えたところで、簡単に上がるものではないですよね」。ストレートのスピードをあげて緩急をつけるのではなく、スピードを落とすボールを習得する――発想を逆にした。

 そのために練習したのはカーブ。カーブが代名詞だった加藤コーチから抜く感覚を習った。「まだ遊び球程度ですけど」。本人は謙遜するが、シーズン終盤には納得いくボールが投げられるようになった。

 加えて生命線のコントロールも磨いた。対戦した徳島・森山一人コーチは「インコースを積極的に突くようになった。インコースに思い切ってストレートを投げ込むだけでなく、同じところからスライダーを曲げてくる。バッターにとっては厄介だった」とその変化を語る。

「これまでもインコースは投げていたのですが、投げきれなかった。今年はそれができました」
 愛媛とのチャンピオンシップ、BCリーグ富山とのリーグチャンピオンシップでも初戦で快投をみせ、チームの年間優勝、独立リーグ日本一への流れをつくった。「シーズン中は(NPBへ)行ける手ごたえはなかったですね。ただ、最後は五分五分かなと思えるところまでにはなりました」。大事な試合での安定したピッチングが最終的には指名の決め手となった。

 三振は麻薬

 現在、NPBのアンダースロー投手といえば千葉ロッテの渡辺俊介。12球団を見渡してもサブマリンは数えるほどしかいない。かつては杉浦忠、山田久志と数々の名投手を生み出した下手投げは、極めて珍しい存在となっている。裏を返せば、塚本にとっては投げ方そのものが大きなアドバンテージなのだ。

 昨年、ソフトバンク2軍との交流試合でヤフードームを訪れた時、初めて渡辺のピッチングを目の当たりにした。「決してボールは速くないのに、投げる姿がダイナミック。あんな迫力のあるピッチャーになりたいなと感じました」。渡辺が著した『アンダースロー論』は塚本にとってのバイブルだ。本を参考にボールの握りや、フォームを試行錯誤した。

『アンダースロー論』で渡辺は下手投げは高めのボールが有効であることを説いている。一般的に高めのコースに投げるのは禁物といわれるが、アンダースローの場合、下から浮き上がってくるため、非常に打ちにくい。塚本も今年は高めのボールを意識して投げていた。「ただ、少し甘く入ってしまえば絶好球になってしまう。ストライクボールのギリギリのところで勝負しようと心がけていました」

 理想は少ない球数で凡打の山を築くピッチングだ。「三振は麻薬ですから」。今季は奪三振も110個と増加したが、相手のバットに空を切らせるタイプではないと自覚している。三振を狙うとロクなことはない。加藤コーチからも口をすっぱくして言われてきた。そのために追求しているのはバットの芯をいかに外すかである。
「変化球は他にシンカーやスライダーがありますが、決して大きく曲げる必要はない。むしろ曲げすぎると見極められてしまう。だから変化するかどうかより、いかにスピードを殺せるか、相手のタイミングを外せるかを考えています」
 ストレートだって、素直なボールは投げない。「ちょっとナチュラルに曲がるのが理想」と語る。

 アンダースローに転向したのは、社会人時代の1年目だった。所属していたワイテックの首脳陣から勧められた。高校時代からサイドでは投げていたが、下手投げはかなり違和感があった。腰痛や疲労骨折を乗り越え、実戦で投げ始めたのはワイテック2年目の夏。そのオフ、アイランドリーグのトライアウトを受け、合格した。

 しかし、加藤コーチによれば香川にやってきた当時、塚本の遠投能力はわずか50メートル程度だった。最初に取り組んだのは体力強化と、全身の力をムダなくボールに伝える投げ方を身につけること。まさに1からのスタートだった。「これまで深沢和帆(元巨人)、伊藤秀範(元ヤクルト)と2人のNPB選手を送り出してきましたが、塚本に関しては、よく成長したなと思いますよ」。ヤクルトで左腕リリーバーとして活躍した師匠は教え子の晴れ姿を感慨深げに見つめていた。

 調整より成長

 昨年、高田繁監督が就任したヤクルトは大きな過渡期にあるチームだ。「ヤクルトといえば野村(克也)監督と、古田(敦也)さんのイメージが強い」と塚本が語る黄金時代のメンバーはほとんどが引退、またはチームを去った。一方、今年のドラフトでは高校生サウスポーを3人獲得し、若返りをはかる。「藤川投手のようなストレートを投げたい」。入団会見では、彼らの口から活きのいい言葉が飛び出した。「僕はその横でちょろちょろ変化球ばかり投げますよ(笑)」。自分のアピールポイントはよく理解している。

「交流戦でNPBの選手と対戦しましたが、初対戦でも簡単に打ってくる。自分の打つ形がしっかりできていると実感しました。僕には球威がない。もっと針の穴を通すようなコントロールが必要です」
 
 対戦してみたいバッターは巨人のラミレスだ。「MVPもとりましたし、セ・リーグで一番いいバッターでしょう」。テレビで見ていた巨人戦、インハイのボールをいとも簡単にスタンドへ運んだ。だが、アンダースローにとって浮き上がるインハイのコースは右打者にとって、もっとも打ちにくいはず。果たして、自分のボールにはどんな反応を示すのか。その日が1日も早くやってくることを楽しみにしている。

 来季の目標は支配下登録と1軍登板だ。「まだアイランドリーグ出身では、誰も1勝をあげていないですよね。僕にもチャンスがある。狙っていきたい」。それが育ててくれたアイランドリーグへの恩返しになる。

 大切にしている言葉は「調整より成長」。加藤コーチがミーティングで話してくれた内容でもっとも印象に残っている一言だ。“アイランドリーグは調整の場ではない。日々、成長する場”――NPBでもこの思いは変わらない。

 これまで通り、いや、これまで以上に1日1日、成長すること。それが26歳の遅咲きサブマリンを更なる高みへ浮上させる。

※今月の当コーナーは先のドラフト会議で四国・九州アイランドリーグから指名を受けた選手を特集します。次週(22 日更新分)では生山裕人選手(香川−千葉ロッテ)を取り上げます。

<塚本浩二(つかもと・こうじ)プロフィール>
 1982年1月18日、大阪府出身。身長180センチ、80キロ。2006年香川に入団。アンダースローから直球、カーブ、シンカーを投げ込む。1年目に5勝、2年目に10勝と順調に勝ち星を伸ばし、今年は14勝3敗1セーブ、防御率1.67(リーグ2位)。エースとして2年連続独立リーグ日本一に貢献した。今季の前期MVPと年間MVPを獲得。ドラフト会議で東京ヤクルトから育成2巡目指名を受けた。セ界の渡辺俊介として活躍が期待されている。






(石田洋之)
◎バックナンバーはこちらから