「3冠王が獲れなかったことが心残りですね」
 3年間のアイランドリーグ生活を振り返っての丈武の第一声だった。2007年は13本塁打、55打点。今季も7本塁打、52打点で2年連続の本塁打王、打点王に輝いた。しかし、打率は07年が.321、08年が.277。首位打者には届かなかった。今でもタイトルを獲った充実感より、“心残り”の思いのほうが強い。
(写真:楽天から指名挨拶を受ける丈武(中央))
 あえて狙わなかった四球

 好打率をキープするためには、ただやみくもに打つだけでは苦しくなる。四球を選び、打てるボールだけをしっかりヒットにするテクニックも必要だ。だが、丈武はあえて四球を選ぶ打撃を選択しなかった。
「だって、打たずに塁に出ても打撃では何のアピールもできないですよ。自分の持ち味はスイングスピードの速さ。四球で出塁するくらいなら、いい打撃でアウトになるほうがいいと思っていました」
 
 もちろん野球がチームスポーツである以上、勝負どころではしっかりボールを見極めた。一方で、それ以外の場面ではボール球でも打てると判断した打球は思い切ってスイングした。「たとえばカウント1−3なら少々ボール球でも打ちに行きました。空振りやファールになっても、もう1球チャンスがありますから」。自分の持ち味をアピールしつつ、率もしっかり稼ぐ。丈武が目指していた理想は限りなく高かった。

 NPBに特に理想とする選手はいない。自分は自分。そう思っている。しいて打撃面で参考にするバッターとしては、福岡ソフトバンクの多村仁、横浜の村田修一をあげた。
「右で右方向に長打が打てるバッターを目指しています。あとは左右が違いますが、巨人の小笠原道大選手ばりのフルスイングも心がけたいですね」

 調子がいい時はボールに逆らわず、バットにうまく乗っけている感覚がある。逆に良くないのはボールを無理やりつぶしにかかっている時だという。「今年もドライブがかかったレフト前ヒットが多かった。力任せに叩いている証拠です。うまくバットに乗せていれば、難なくスタンドに入っていたでしょう」

 ボールに逆らわないために必要なのは、うまくタイミングをとることだ。アイランドリーグに入ってから、タイミングがつかめず苦労した時期があった。1年目には森博幸コーチ(現埼玉西武コーチ)とマンツーマンで指導を受けた。2年目は安定感を増すためステップをシンプルにするフォーム改造にも取り組んだ。3年目を終えた今、「なんとなく(感覚が)つかめてきた」と手ごたえを感じている。

 守りでも「攻め」の姿勢を

 リーグ1の長打力と勝負強さを兼ね備えた右の大砲――。昨年のドラフトでは当然、指名が期待されていた。「僕なんて、NPBは全然遠いですよ」。取材にはそう謙遜してみせた。しかし、内心は違った。自信があった。迎えた会議当日、待てど暮らせど自分の名前は呼ばれない。正直、ショックだった。

 今年は28歳になる。NPB行きの可能性はゼロではないが、一般的にはハードルが極めて高くなる年齢だ。そんな時、香川のコーチに就任したばかりの勝呂壽統がある提案をした。ショートへのコンバートである。

 丈武は迷った。守りに練習時間やエネルギーを注ぐ分、得意の打撃をさらに伸ばすことは難しくなる。アブハチ獲らずで、せっかくの持ち味を失っては元も子もない。「それでも、コーチには強打のショートのほうがアピールできると説得されました。確かに上を目指すには、何かを変えないといけない」。最後は可能性にすべてをかけた。

 勝呂コーチから徹底されたのは、1歩目を速くすること。守りでも攻めの姿勢を貫くことだった。「前に出てのエラーはOK。攻めきれずにエラーするのが一番情けない。1年間、その意識でやってきました」。エラーも決して少なくなかったが、消極的なプレーだけはしないよう肝に銘じた。

「まだまだ納得のいく守備は10回中3回ですね。打撃ならともかく守備は10割が基本。せめて7、8回はきちんと守れるようにしないと……」
 自己評価は厳しいが、周囲の見方は変わった。他球団のある首脳陣は「それまでの丈武は決して守備で目立つ選手ではなかった。今年は試合を経るごとに彼が前へ出てボールをさばく場面が増えてきた」と成長を認めた。もちろんNPBのスカウトもその点は見逃していない。丈武を獲得した楽天の中尾明生スカウトは「守備面がプラスされたことを評価した」とコメントしている。バッテリー以外は内外野どこでも守れる。結果的にショートコンバートという賭けに丈武は勝利した。

 祖父の名前をスコアボードに

「楽天といえばイメージはやっぱり野村克也監督ですよね」
 ドラフト指名を受けてから、監督に関する著作を暇を見つけては読破している。『野村ノート』、『弱者が勝者になるために』、『野村克也「勝利の方程式」』……。「プロに入る選手は技術的にも肉体的にも大きな差があるわけではない。生き残るには頭の良さ、野球に対する知識がないとダメなんだと改めて感じました」

 野村監督が好む相手のスキを逃さない野球は望むところだ。走塁面でも「攻め」の意識を徹底して教え込まれた。1年目はわずかに2盗塁だったが、昨年は30個、今季は23個。積極的に次の塁を狙ってきた。「打撃でも走塁でもイヤだなと思われる存在になりたい」。それが支配下登録、1軍昇格への最大のアピールになると考えている。

 アイランドリーグでは「丈武」と名前を登録名にしていた。これには理由があった。丈武の「武」は祖父・武男さんからもらった一字。彼のプレーを誰よりも応援してくれた祖父の気持ちに応えるため、本人が希望したものだった。

 その祖父が昨年、亡くなった。シーズン前のため、葬儀にも参列できなかった。「生きているうちに、NPBのユニホーム姿をみせたかった」。その思いも丈武を後押しした。
「育成ですから、大きなことは言えないですが……」と前置きしつつ、丈武には秘めたる思いがある。楽天でも祖父の名前を背負いたい。次なる夢は本拠地クリネックススタジアム宮城のスコアボードに「丈武」の名前を輝かせること。そして、天国へ届くような大きな放物線をスタンドへ描くことだ。それこそが祖父への最高のプレゼントになると信じている。

※今月の当コーナーは先のドラフト会議で四国・九州アイランドリーグから指名を受けた選手を特集します。次週(15日更新分)では塚本浩二選手(香川−東京ヤクルト)を取り上げます。

<丈武(じょうぶ)プロフィール>
 1981年11月29日、茨城県出身。本名は森田丈武。山梨学院大付属高、三菱自動車岡崎などを経て、2年間、米独立リーグに在籍した経験もある。アイランドリーグでは06年より香川に入団。1年目から4番に座り、07年には前期MVPと本塁打、打点の2冠を獲得。今季も7本塁打、52打点で2年連続2冠に輝いた。守りではショートのポジションにも挑戦。長打力と勝負強さが評価を受け、東北楽天から育成1巡目指名を受けた。






(石田洋之)
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