10年前、ロシアの選手にとって日本は憧れの国だった。ガンバ大阪でプレーしたアフリク・ツベイバが、引退後のビジネスとして日本に選手を送り込む代理人を始めたのも、十分に勝算があってのことだった。
「西欧でプレーするには年齢をとりすぎた選手や、レベル的に少し落ちる選手にとっては、Jリーグのギャラは素晴らしく魅力的だからね」
 彼が経営するモスクワの日本食レストランで、あまり美味しいとは思えない寿司をご馳走になりながらそんな話を聞いたのが10年前。自宅の寝室に日の丸を掲げるほどの親日家だったツベイバは、いま、何をしているのか。
 複数のレストランを経営していただけに、食べるのに困るということはないだろう。ただ、ロシアの選手を日本に送るビジネスは暗礁に乗り上げてしまったに違いない。Jリーグのギャラは、もはやロシアの選手にとっては魅力的なものではなくなってしまったからだ。立場は、完全に逆転した。

 香川真司の活躍によって、ドイツ人の“日本熱”に火がついた。長友佑都の活躍次第ではイタリア人が日本を見る目も変わってくるだろう。米国に比べればはるかに保守的で、ゆえにメジャーリーグほどには日本人選手に興味を示さなかったサッカーの欧州市場が、大きくスタンスを変えようとしている。
 W杯における日本代表の競争力を考えた場合、多くの選手が欧州にわたることは悪いことではない。チャンピオンズリーグ、欧州リーグでプレーするような選手が2ケタを数えるようになれば、W杯での8強、4強という目標も現実味を帯びてくる。

 だが、忘れてはいけないのは、香川がドイツの“日本熱”に火をつけた理由は、彼が素晴らしい選手というだけでなく、ドルトムントの“購入額”が信じられないほど低かったから、ということである。かつて付随してくるジャパンマネー目当てで日本人選手に注目が集まった時代があったが、今は、アフリカの選手と同じ、投機の対象にもなりつつある。ダメもとでたくさんの選手を連れて行き、一人でもモノになれば万々歳――。

 多くの選手が欧州でプレーするようになったことで、アフリカ・サッカーのレベルは上がった。だが、国内リーグはどこも壊滅状態である。日本も、いずれは同じ道をたどるのか。たどらないために、欧州に比べれば圧倒的に割安感のある、けれども経営面を考えれば妥当でもある選手のギャラをどうするべきなのか。協会、リーグ、チーム、選手、すべての当事者が真剣に対策を考えなければいけない時期に差しかかっている。

<この原稿は11年2月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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