9月24、25日、大分市営陸上競技場でジャパンパラリンピック陸上競技大会が開催されました。全国から177名の選手が集い、各競技で障害者アスリートたちの熱戦が繰り広げられました。そして、その模様は26、27日と2日間にわたってTBS『みのもんたの朝ズバッ!』で全国放送されました。嬉しいのは同番組のスポーツコーナーで取り扱われていること。「以前にもましてスポーツとして扱われるようになってきたなぁ……」。 番組を観ながら、そう思わずにはいられませんでした。そして、それは現地でも感じたことだったのです。
(写真:今大会では23個もの日本新が誕生した)
 大会初日、競技場に到着した私はこれまでとは違う雰囲気を感じていました。まずは観客数。スタンドやトラックをグルッと囲む芝生には、これまでにないくらいの人数の観客が入っていたのです。もちろん、参加選手が177名もいますから、その家族や関係者だけでも多くなるのは当然です。しかし、例えば明らかにその選手を応援に来たファンと思われる人たちが幅跳びの砂場の側の芝生に陣取っていたり、会見を終えた選手に子供がサインを求めていたりしていたのです。これまでの障害者スポーツの大会では、あまり見ることのできなかった光景があちらこちらにありました。

 一方、運営にも変化が見られていました。昨年、仙台で開催されたジャパンパラリンピックでは選手はもちろん、家族や関係者も観客席だけでなく、競技場内を出入りしているのが見られました。今大会と同じ競技場で行われた5月の大分陸上でも同様でした。ところが、今大会は違いました。選手、一般、メディアとそれぞれが厳しく入場できるエリアが規制されていたのです。これまでとはまるで違う運営に選手も観客もメディアも、とまどいを隠せなかった様子でした。しかし、これは非常にいい傾向なのです。なぜなら、それだけスポーツの競技大会へと近づいている証だからです。

 これまでの障害者スポーツの大会は、選手の競技レベルも決して高くはなく、観客も極めて少ないものでした。もちろん、メディアもほとんどいません。選手に大会の経験の場、また標準記録を出す機会を提供するのが目的とされ、選手、観客、運営が一体となって大会が行われていました。つまり選手、観客、運営の三者が大会を同じ目線で捉えていたのです。これは確かに安心感はありました。時を経て、 選手たちは自らの努力で確実に競技性を高めており 、アスリートと呼べる選手も増えてきています。今大会では23個もの日本新記録が出たのはその証左です。

 選手のパフォーマンスのレベルが上がれば、自ずと観客は増え、メディアもそれに追随してきます。そうなれば、運営はこれまでと同じというわけにはいきません。大会がスムーズに進行するよう、選手、観客、メディアを分けるのは当然のことです。つまり、選手のパフォーマンス向上が大会運営に変化をもたらしたのです。

 そうなると、これまでの常識が通らなくなるわけですから、そこに摩擦が生じるのは自明の理。実際、競技場ではあちらこちらで思い違いからのちょっとしたトラブルが発生していました。しかし私はこれこそが、過渡期に起こる当然の現象であり、変化している証と歓迎の気持ちでいるのです。

 変化から見えた課題

 こうした好機に、まず取り組むべきは インフォメーションの仕方です。まず事前のインフォメーション。例えば、開催地である大分市内には今大会についてのポスターなどは私が知る限りでは見つけることができませんでした。これでは地元の人たちでさえもジャパンパラリンピックを認知していなくても致し方ありません。私は開催期間中、何度もタクシーに乗りましたが、今大会のことを知っている運転手には一人も会うことができませんでした。ポスターや看板、バナーの掲示、テレビ番組や新聞紙面での情報提供など、さほど費用をかけずともできる方法はあります。

 また、競技場内でのインフォメーションも重要です。 選手も観客もメディアも、会場にエリア分けがあることに慣れていないからです。 「ここって僕たち選手は入っていいのかなぁ……」「トラックにはどこから入ればいいんだろう……」。実際、選手からそんな声も聞かれました。
 選手や観客にわかりやすい会場づくり、あるいは受付の際に競技場内のエリア分けについての案内を配布するなど、変わってくることでしょう。

 そして表彰式の場所についてです。今大会までは競技場の端に設けられ、観客がほとんど知ることも見ることもできない所でメダルが渡されていました。これまではほとんど観客がいなかったため、特に見える場所でやる必要がなかったのです。また、表彰式が行なわれるエリアへは関係者も入ることができる環境にありました。そのためスタンドの客席に見せること以上に、スムーズに運営できる場所が優先されていたのです。

 しかし、 今回はIPC公認の大会であり、来年のロンドンパラリンピックにつながる重要な大会。表彰された選手たちの中からパラリンピアンが誕生するわけです。そんな世界の舞台に上がる可能性を秘めた選手たちの努力と結果を称えるセレモニーを見たいと思った観客は少なくないはずです。そして大勢の観客からの温かい拍手が、 選手たちのモチベーションになり、また観客に日本の障害者スポーツ界のトップ選手たちを知ってもらうチャンス。これからは運営時間の工夫をしながら、観客席から拍手をもらうメダルセレモニーが行なわれていくようになることでしょう。

 日本の障害者スポーツは今、劇的な変革の時期へと突入しました。 今年6月にはスポーツ立国を目指した「スポーツ基本法」が施行されました。その中には<スポーツは、障害者が自主的かつ積極的にスポーツを行なうことができるよう、障害の種類及び程度に応じ必要な配慮をしつつ推進されなければならない。>と、障害者スポーツの推進について明記されています 。

 また、今月には文部科学省がスポーツ振興を担う「スポーツ庁」の創設を検討し始めたことが発表されました。スポーツ庁にはこれまで文科省にとっては管轄外だった障害者スポーツを専門とする担当者も配置されることが求められています。

 こうした国の変化に先駆けて選手たちのパフォーマンスは観客を魅了できるだけのレベルに既に達しています。日本の障害者スポーツは今、新たな時代へと突き進んでいこうとしているのです 。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。11年8月からスタートした「The Road to LONDON」ではロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートたちを追っている。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。