子供の頃からプロレスが大好きだった。
 プロレスとの出会いはテレビの画面を通じてだった。中継がある金曜日の夜8時には、父とともにテレビの前に座っていたものだ。

 テレビに映えた昭和のプロレス

 ある日のことだ。父が急に「カラーテレビに買い替える」と言い始めた。昭和40年代前半のことである。すぐに近所の電器店の主人が飛んできた。

「一番、赤がきれいに見えるのはどれかのう?」
 おもむろに父が訊くと、電器店の主人は「これだと思いますよ」と某大手メーカーのテレビを勧めてくれた。
「おぉ、こりゃ確かにきれいやね!」
 父が画像の何を持って「きれい」と判断したのか不明だが、そのテレビを購入することになった。

 なぜ、「赤がきれいに見える」製品を選択したのか、ようやく理解できたのはプロレス中継を見た時だった。画面の中には“吸血鬼”フレッド・ブラッシーの噛みつき攻撃を受け、七転八倒する“東洋の巨人”ことジャイアント馬場の姿があった。

 カラーテレビで見る流血シーンは白黒テレビのそれとは迫力もリアリティも大違いだった。馬場の額から吹き出した鮮血には臨場感があった。映し出された白いキャンバスは、瞬く間に絵の具を塗りたくったパレットのように真っ赤に染まり、やがてハレーションを起こして画面全体がバラ色に包まれた。その時、父がみせた恍惚の表情を未だに忘れることができない。「そうか、オヤジはこれが見たかったのか」と私は子供心に妙に納得したものだ。

 今のように携帯電話もゲーム機もない時代である。当時の少年たちにとって“プロレスごっこ”は、楽しみな遊びのひとつであり、コミュニケーションの手段であった。よそから来た転校生がいても、プロレス技をかけ合っているうちに自然と仲良くなれた。テレビで見たザ・デストロイヤーの四の字固めや、アントニオ猪木のコブラツイストを、友人たちと教室の隅でかけ合ったものだ。

 テレビの歴史は、そのままプロレスの歴史とも言える。1954年2月、蔵前国技館で行なわれた力道山とシャープ兄弟との対決には、力道山見たさに2万人の観衆が新橋駅前の広場に詰め掛けたと言われる。街頭テレビを見るためだ。57年10月に放送された力道山対ルー・テーズのNWA世界戦の視聴率は実に87パーセント。多くの日本人は力道山を通してテレビという“文明の利器”を知ったのである。

 過酷なリングの舞台裏

 時は流れ、世は昭和から平成へ。気づけばテレビ桟敷でプロレスに熱中していた時代から、もう数十年が経つ。21世紀のプロレスは“冬の時代”と言われて久しい。かつては各局が競うように地上波のゴールデンタイムで中継をしていたものだが、今やメインはスカパー!での放送に移行している。

 総合格闘技など競技の多様化、馬場、猪木に匹敵するようなスーパースターの不在、団体の分立……。プロレスがかつての輝きを失ったと言われる理由はさまざまな説がある。しかし、その間も、リングの中では熱いバトルが繰り広げられてきた。

 ジャンボ鶴田、三沢光晴、天龍源一郎、長州力、橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋、大仁田厚、前田日明、高田延彦、船木誠勝、高山善廣……。昭和から平成にかけてのプロレス転換期に屋台骨を支えてきた戦士のひとりが、この5月11日の試合を最後にリングシューズを脱ぐ小橋建太である。

 ヘラクレスのような鍛え上げられた肉体、不動明王のように闘志をむき出しにしたファイト。チョップを主体にしたスタイルは、力道山、馬場と流れる日本のプロレスのひとつの王道を継承していた。90年代、四天王の一角として、三沢や川田利明、田上明とともに全日本プロレスを盛り立てた。

 UWFなどを経て全日本入りし、小橋とも数々の激闘を演じた元プロレスラーの垣原賢人は「血気盛んだった僕は、全日本スタイルなどお構いなしにバシバシ相手を蹴り飛ばしていったのだが、これを真正面から受けてくれたのが小橋さんだった。僕のUスタイルと、王道プロレスは、水と油ほどの違いがあり、試合は噛み合わないと思われていたが、見事にスイングしたのは間違いなく小橋さんのおかげ」と感謝する。

 必殺技もチョップにラリアットとシンプルだったが、その威力はすさまじかった。実際に小橋のラリアットを喰らった垣原は「これをやられると毎回、頭を強打し、意識が飛ぶ。この頃の全日本は、軽い脳震盪などは日常茶飯事だったように思う」と明かす。そして四天王である三沢と小橋の激突は、レスラー仲間でさえ「目を覆いたくなるほどのシーンの連続だった」と振り返る。
「いつだったか、小橋さんがエプロンサイドから場外へ向けて大技を決行したことがある。これには本当にヒヤッとさせられた。三沢さんもお返しとばかりに同じような技をしかけていた。相手への絶対的な信頼関係がないとできない芸当だ」

 考えてみればプロレスラーは因果な商売である。かつて角界からプロレスに転身した天龍からこんな話を聞いたことがある。
「相撲の場合、勝っても負けても短時間で終わるけど、プロレスの場合、そうはいかない。簡単に勝とうとすると、“もっとやれよ!”“フザけんなよ!”と罵声の嵐ですよ。中には“カネ返せ!”って客もいますから。相撲でバンと押し出して勝ったからと言って“カネ返せ!”という客はひとりもいませんけどね(笑)」

 好むと好まざるとにかかわらず、プロレスラーは観客のニーズに敏感にならざるを得ない。より激しく、より派手に……。いくらタフなレスラーでも生身の人間である。デビューから25年、小橋も自らの体を削って闘い続けてきた。その姿に間近で接してきた垣原は次のように語っている。

「巡業が終わり、オフに道場へ行くとそこにはボロボロの小橋さんがいた。体のあちこちが痛いのか、まるでロボットのようなぎこちない動きをしていて痛々しかった。歩き方は、すり足状態で、ヒザも相当悪そうだった。道場で上半身を鍛えているのはよく見かけたが、脚のトレーニングをやっているのは、あまり見た記憶がない。練習の鬼と言われた小橋さんがやらなかったのだから、よっぽど酷い状態だったのだろう。これが10年以上も前の思い出なのだから、ここまで現役を続けたのが不思議なぐらいだ」

「プロレスは僕の命」

 ケガのみならず、病魔も彼の肉体をむしばんだ。全日本からノアに移籍後、GHCヘビー級王者を13度も防衛。絶対王者と呼ばれて団体の看板を背負ってきたが、06年に腎臓ガンが発覚する。手術と治療で約1年半のブランクを乗り越え、再び闘いの舞台へ。しかし、“勤続疲労”からくる度重なる故障には勝てなかった。

「4年前から(痛めた)首の影響で左足に力が入らなくなってきた」
 昨年12月に引退表明をした際、自らの体が限界であることを口にした。プロレスは他のスポーツとは違い、引き際が難しい。60代になってもリングに上がり続けるレスラーもいる。だが、小橋は思い描くプロレスができないまま、現役を続けることを良しとしなかった。これはこれで立派な決断だろう。

 引退試合となる今回の武道館興行のチケットは発売開始直後に完売した。こういった話題を聞くと、まだまだプロレスも捨てたものではないと感じる。花道を飾るにふさわしく、秋山、武藤、天龍、高山、佐々木健介、棚橋弘至、永田裕志らそうそうたるメンバーが団体の垣根を越えて集結する。メインイベントとなる小橋のラストファイトは秋山、武藤、佐々木と組み、KENTA、潮崎豪、金丸義信、マイバッハ谷口と対戦する8人によるタッグマッチだ。

「プロレスは僕の命です。もう1度だけリングに上がって、完全燃焼して自分のプロレス人生に区切りをつけたい」
 一時代を築いたレスラーは最後に何を我々に伝えてくれるのだろうか。現場で、そしてテレビ画面を通じて、ラストパフォーマンスを瞼に焼き付けたい。

 度重なるケガ、更には癌をも克服して何度もリングに復帰し“鉄人”と呼ばれた小橋建太が引退。
 幾多の苦難を乗り越えた小橋のラストファイトを、5月11日(土)にBSスカパー!で独占生中継!


 日テレG+では、試合当日ドキュメントも含めた引退試合完全版を5月26日(日)に放送。また、FIGHTING TVサムライを含めた3チャンネルで関連番組も多数放送! これまでの壮絶なる戦いの軌跡と、プロレス史に残る引退試合をたっぷり堪能しよう。
 詳しい放送スケジュールは上のバナーをクリック!!

5月11日(土)17:00〜22:00 日テレG+ presents 完全生中継 小橋建太引退記念試合 FINAL BURNING(BSスカパー
5月26日(日)18:00〜24:00
小橋建太 引退記念試合 FINAL BURNING完全版 鉄人伝説最終章(日テレG+
6月7日(金)23:00〜24:00
エターナル・バーニング 〜偉大な鉄人が駆け抜けた25年〜(FIGHTING TVサムライ)など

【FINAL BURNING in Budokan 小橋建太引退記念試合 対戦カード】

第7試合(8人タッグマッチ、60分1本勝負)
 小橋建太、秋山準、武藤敬司、佐々木健介vs.KENTA、潮崎豪、金丸義信、マイバッハ谷口
 
第6試合(スペシャルタッグマッチ、60分1本勝負)
 丸藤正道、鈴木みのるvs.高山善廣、大森隆男
 
第5試合(「NOAHvs.NJPW」スペシャル6人タッグマッチ、60分1本勝負)
 <ノア>杉浦貴、モハメド・ヨネ、齋藤彰俊vs. <新日本プロレス>棚橋弘至、永田裕志、小島聡
 
第4試合(スペシャルタッグマッチ、30分1本勝負)
 森嶋猛、井上雅央vs.天龍源一郎、小川良成

第3試合(タッグマッチ、30分1本勝負)
 本田多聞、志賀賢太郎vs.鈴木鼓太郎、青木篤志
 
第2試合(タッグマッチ、30分1本勝負)
 SUWA、平柳玄藩vs.石森太二、小峠篤司

第1試合(15分1本勝負)
 渕正信vs.熊野準

※このコーナーではスカパー!の数多くのスポーツコンテンツの中から、二宮清純が定期的にオススメをナビゲート。ならではの“見方”で、スポーツをより楽しみたい皆さんの“味方”になります。
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