今年は、1964年の東京オリンピック・パラリンピックからちょうど50年目のメモリアルイヤーです。開会式が行なわれた10月10日の前後には、50周年を記念したイベントが各地で行われますが、これは2020年東京オリンピック・パラリンピックへの意識が高まるいい機会となるはずです。そこで6年後、特にパラリンピックを成功へと導くには、今何が必要なのかを改めて考えてみます。
(photo/ Shugo Takemi)
 まず、成功を考えるにあたって、どのような大会が「成功した」と言えるのでしょうか。競技の盛り上がりはもちろん、世界中から来日する選手や観客への印象、さらに大会後に残すレガシー……と、さまざまな視点があります。そこで今回はまず第1回目として、名勝負誕生に不可欠な“観客”について考えます。

 “完売”と“満員”は似て非なるもの

 2年前のロンドンパラリンピックは、史上最多の270万のチケットを完売し、大きな成功を収めたと言われています。しかし、チケットが完売したからといって、すべての競技場が観客で埋まっていたかというと、実はそうではなかったのです。

 最も驚いたのが、車いすテニスです。テニスの発祥の地である英国で、男子シングルス決勝となれば、高い注目を集めるのは必至だと考えていました。ところが、実際は違いました。明確な数字はわかりませんが、見た限りでは、スタンドは半分埋まっていたかどうか、というほどの観客しかいなかったのです。チケットの完売と会場の満席はイコールではない、ということの証左です。つまり、チケットの売れ行きがそのまま満席に結びつくとは限らないということです。

 例えば、企業や団体がまとめてチケットを購入するケースは少なくありません。しかし、果たしてそのチケットがすべて有効に使われるかというと、そうではない場合もあります。なぜなら企業や団体からチケットを入手したとしても、その人自身がパラリンピックに行きたいと思わなければ、足を運ぶことはないからです。だからこそ、いかに「チケットを買って、会場に観に行きたい」という人を増やすことができるか、が重要なのです。


 観客が、ゲームズメーカーとなる

(photo/ Shugo Takemi)
 ロンドンオリンピック・パラリンピックではボランティアスタッフが「ゲームズメーカー」と呼ばれていたことはご存じの方も多いでしょう。これは、大会をつくり出す任を持った人として敬意を表した呼称です。しかし、スタッフ以上にゲームズメーカーとなり得るのは、観客です。なぜならスタンドが埋め尽くされたスタジアムでは、選手や審判、大会役員の数より、そしてボランティアの数より、観客の方が圧倒的に多いからです。自国選手にだけでなく、素晴らしいパフォーマンスや、記録をフェアに称える、そうした成熟した応援が、世紀の名勝負を生み出すのです。

 以前、50年前の東京オリンピックのリハーサルに参加した方に、お話をうかがったことがあります。開会式のリハーサルは、運営方法や、参加選手、観客の数など、すべて本番と同じ条件で行われました。すべての参加国の選手を高校生たちが務め、さらに観客席もすべて埋め尽くされていたそうです。そんな中、当時高校生だったその方はある国の選手として入場行進をしました。国立競技場のフィールドに立ち、満員となった観客席から大喝采を浴びたのです。その時の感動は、今でも鮮明に覚えていて、それまでに体験したことのない、全身が震えるような感覚だったそうです。大会本番ともなれば、さらにその何倍もの歓声が鳴り響くことでしょう。それが選手たちのパワーとなり、素晴らしいパフォーマンスを生み出す力となる。会場を満員にすることは、大会の成功に大きく寄与することなのです。

 6年後、すべての会場を満員にするには、「パラリンピックのこの競技が大好き」「この試合を見たい」とチケットを購入して足を運ぶ人を増やすことが不可欠です。そのためには、今から競技の素晴らしさ、選手の魅力をもっともっと伝えていくことが重要です。それこそが今、私たちがすべきことのひとつです。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障がい者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障がい者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障がい者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障がい者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障がい者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。