カーメロ・アンソニー掲載紙

(写真:カーメロ・アンソニーとフィル・ジャクソン球団社長の確執も地元メディアをにぎわせている)

「バスケットボールのプレー、チームメイトたちに集中するよ。気にしているのはそれだけだ。みんなが心を強く持ち、ポジティブでいて、妨害されず、正しい方向を向くように心がけなければいけない」

 今週中、様々な混乱の中で、ニックスのカーメロ・アンソニーはそう述べていた。ほとんどスポーツ選手のものとは思えない言葉から想像できる通り、過去3年連続プレーオフ逸のニックスは今季も厳しい戦いを続けている。

 

 1月19日を終えた時点で19勝25敗。イースタン・カンファレンスの15チーム中11位に沈み、4年ぶりのプレーオフ出場は厳しい状況だ。

 デリック・ローズ、ジョアキム・ノア、ブランドン・ジェニングスのようなビッグネームを補強し、開幕前の期待は大きかった。昨年12月22日の時点で16勝13敗だった頃には、イースタンの上位を争うかと思えた。しかし、ディフェンス面の弱点が徐々に露呈し、以降の10戦中9敗と崩壊。負けが続き始めると、チーム内から数々の不協和音が飛び出してくるようになった。

 

 1月9日のニューオーリンズ・ペリカンズ戦ではローズがチームに連絡することなくゲームを休み、“行方不明”と騒がれた(注/家庭の事情で実家のあるシカゴに戻っていたと後に謝罪)。今週になって、フィル・ジャクソン球団社長と旧知のライターがスポーツサイト上で記した「カーメロ不要論」がアンソニーの逆鱗に触れ、ジャクソンとアンソニーが話し合いの場を設ける事態になった。

 

 勃発するコート外での戦い

 

シュート練習をするローズ

(写真:デリック・ローズの”行方不明事件”はニューヨークではかなりの騒ぎになった Photo By Gemini Keez)

 なかなか勝てない上に、チームの3大ビッグネーム(カーメロ、ローズ、ジャクソン)がそれぞれネガティブな話題の中心になっている。これでは良い雰囲気など生まれるはずがない。最近では、常に悪いことを予期する空気がマディソンスクウェア・ガーデン(MSG)を取り巻くようになってしまった。

 

「ニューヨークのような場所では、様々な記事を書かれ、多くの人が異なった意見を持っている。そんな状況に対処した経験は、ほとんどの選手たちにはないんだ」

 喧騒の中で、2011年以降はニックスの看板としてプレーしてきたアンソニーはこの街でプレーすることの難しさをそんな風に述べていた。

 

 メディアの1人として、筆者もここで改めてニューヨークというマーケットの特殊性を実感したのは事実である。MSGでのホームゲームでは、シーズン中でも常に地方都市チームのプレーオフ時くらいの数のメディアが手ぐすねをひいている。こんな場所で活躍できれば、得られる賞賛と見返りは大きくなる。その一方で、物事が悪い方向にいった場合には歯止めをかけるのが難しくなりがちだ。

 

「おい、そんな質問に答えるなよ。何を言っても罰金を喰らうだけだからな」

 最近のホームゲームの際、試合後のロッカールームである主力選手が他のプレーヤーに大きな声でそうアドバイスしていたことがあった。一部のタブロイドメディアを中心に、論議を呼ぶコメントをあえて引き出そうとしていると感じる質問が飛ぶことは実際にニューヨークでは珍しくない。

 

 例えどこのチームの選手であっても、ローズが起こしたような“行方不明事件”はニュースになってはいたはずだ。しかし、彼が不在だったのは1戦のみ。ニューヨークではなかったら、あそこまでの大騒ぎにはならなかったのではないか。

 

試合前のカーメロ・アンソニー

(写真:ニックスはまたも低迷し、アンソニーも苛立ちを隠せない Photo By Gemini Keez)

 カーメロとジャクソンのコート外の“重量級バトル”もまたしかり。火種が見つかれば、メディア、ファンが油を注ぎ、騒ぎは余計に大きくなる。2000年代以降のニックス、あるいはジョージ・スタインブレーナーがオーナーだった頃のニューヨーク・ヤンキースを取材してきて、筆者もこれまでそんな“シナリオ”を何度も目にしてきた。

 

 円滑ではないチームのトライアングル

 

“ニューヨークでも活躍できる選手”。生き馬の目を抜くような街でも働けるハートを持った選手を、ニューヨーカーはそんな風に形容し、賞賛する傾向にある。チーム作りの際にもキャラクター面が考慮されるのは当然のことだ。今オフのニックスは、ノア、コートニー・リーといった経験豊富なベテランを積極的に獲得してきた。それにも関わらず、ここまでチームが機能していないのはなぜなのか。

 

 前半戦を見る限り、ニックスには絶対的なリーダーシップが欠如しているように思える。開幕前、シーズン序盤戦から、人事を担当するジャクソン球団社長、今季からヘッドコーチ(監督)になったジェフ・ホーナセック、ベテランのアンソニーという3人の間で円滑な意思疎通が図られているようには見えなかった。

 

 少々厄介なジェームス・ドーランというオーナーの存在感もあって、チーム内のバランスは常に不安定なまま。そのように地盤がしっかりしていなかったために、苦境時には根元からもろくも崩れてしまったのだろう。

 

シュートフォームを構えようとするノア

(写真:ハッスルプレーヤーのジョアキム・ノアは故障と衰えに苦しんでいる Photo By Gemini Keez)

「メロ(アンソニーの愛称)は素晴らしいチームメートだよ。彼は多くの物事に対処しなければならない。ニューヨークでプレーすると、常に多くの妨害要素がある。(そんな中でも、)僕たちは集中しなければならない。メロは僕たちにそれを伝えてくれているんだ」

 ニューヨーク出身のノアはそう述べ、チーム最古参のアンソニーが最大限の努力を続けていることを強調していた。しかし、カーメロはチームメートから愛されてはいても、統率力がリスペクトされているかは微妙なところではある。ディフェンスへの意識の低さ、献身的な姿勢の欠如と同様、リーダーシップには少なからず疑問が呈されても仕方がない。

 

 足りないのはリーダーシップ

 

 ニックスが最後にプレーオフに進出したのは2012-13シーズン。レギュラーシーズンで54勝(28敗)を挙げたこの年のチームには、リーグ内で尊敬を集めるジェイソン・キッドという強力なリーダーがいて、タイソン・チャンドラー、カート・トーマス、ケニオン・マーティンといった大ベテランも周囲を囲んでいた。彼らに囲まれて、アンソニーはのびのびと力を発揮することができた。

 

 かつて本当に強かった頃のヤンキースでは、ジョー・トーリ監督とキャプテンのデレック・ジーターという重鎮がトップに君臨していた。長年に渡って安定した強さを発揮したチームの背後で、無尽蔵の資本だけでなく、固い絆と信頼感で結ばれたこの2人が影響力を発揮していたことは想像に難くない。

 

観客にアピールするポルジンギス

(写真:クリスタプス・ポルジンギスは長くニックスの看板が務まる素材だ Photo By Gemini Keez)

 そういった例を思い出せば、今後のニックスがどんな方向に向かっていくかになおさら興味はそそられる。近未来に上昇する可能性がないわけではない。クリスタプス・ポルジンギスという金の卵に加え、来オフにはスター選手を獲得できるだけのキャップスペースも得る。そんなチャンスを生かすべく、最優先されるべきは強固なリーダーシップを確立することだろう。具体的には、一枚岩とは言えないジャクソン、ホーナセック、アンソニーのトライアングルに何らかの変化が必要に違いない。

 

 ニューヨークに本拠地を置く名門チームでありながら、2001年以降、プレーオフでのシリーズ勝利は1度だけ。今季もここまでは期待を完全に裏切っている。上手くいっている時は世界最高級の場所だが、雨が降れば常に土砂降り。常軌を逸した低迷を続けるフランチャイズは、大都会でプレーすることのネガティブな部分を分かり易い形で示してくれているようにも見える。

 

 苦しい状況をついに打開するために、まずはポルジンギスの周囲を頼れるベテラン、リーダーで固めなければならない。動くのは早いに越したことはない。長く続く悪循環から脱するには、今シーズン中から徐々にでも改革に着手するべきなのだろう。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。

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