夏のロンドン五輪、アーチェリーで日本は2個のメダルを獲得した。男子個人で銀メダルに輝いたのが3大会連続出場の古川高晴(近畿大職員)である。五輪のアーチェリーでは70メートル先にある標的の、わずか直径12.2センチの10点を狙って矢を放つ。何より研ぎ澄まされた集中力が問われる競技だ。またアウトドアで行われるため、相手のみならず、風や雨との戦いにも勝たなければならない。どんな状況にも動じない経験と適応力も求められる。わずかな心身のブレが勝敗を分けるアーチェリーの奥深さを二宮清純が訊いた。
(写真:大会前の目標は「ベスト8」だったと明かす)
二宮: 五輪などの大会では野外で行いますから、競技をする上で自然環境の影響は大きいでしょうね。雨が降った場合は?
古川: 矢が飛んでいく最中に雨に打たれる点でも影響が出ますが、むしろ弦が水を含んでしまうことが厄介です。弦が重くなって矢を飛ばす力が弱くなってしまいます。

二宮: 五輪では4メートル近い風が吹いていました。強い横風が吹くとやりにくいのでは?
古川: 実は横風よりも難しいのは縦方向の風です。横風の時は矢が左右にスーッと流れていくのが見えるので、風の影響でどのくらい曲がるか、ある程度の計算ができます。ところが縦の風、つまり追い風や向かい風だと、それが分かりづらい。真っすぐ飛んでいったと思っても、追い風だと風に乗って狙いよりも上に刺さりますし、向かい風では抵抗を受けて下に刺さってしまう。それが自分のミスなのか、それとも照準器の設定が間違っているのか、風のせいなのか、原因がすぐにはわからないんです。

二宮: 風が舞う天候になると、余計に大変ですね。
古川: 会場内には吹き流しがあり、的の上には旗が設置されています。それらを使って風を読むのですが、それぞれ違う向きで吹いていることがあります。そんな時は難しい。会場の周囲に生えている木の葉や芝の揺れ、ちぎれた草が転がる方向などを見て、全体の風の動きを判断するようにしています。

二宮: 矢は、それぞれ自分に合ったかたちに加工するのでしょうか。
古川: 人によって腕の長さが違いますから、それに応じて矢の長さを切って調整します。矢は太さの規定はありますが、長さはどんなに長くても短くてもいい。ただし、長すぎると矢の全体の重量が重くなるので飛びません。

二宮: 矢のスピードはトップ選手だと、どのくらい出るのでしょう?
古川: 時速210キロ前後で飛びます。70メートル先の的に当たるまで1秒くらいです。

二宮: 実際に矢を持ってみると、とても軽い。カーボン製でしょうか。
古川: 中はアルミの筒になっていて、外側にカーボンを巻いています。実は、これ1本で4000〜5000円します。

二宮: 結構な値段ですね。試合に出るとなると何本も必要でしょう?
古川: 試合だと1回につき6本放ちますから、予備も含めると最低12本は必要です。しかも矢は消耗品ですから、的を外してコンクリートに当てて痛めてしまったら、もう使えない。12本だけでは1年も持たないですね。

二宮: となると矢を揃えるだけでかなりの出費になりますね……。
古川: 僕の場合、練習でも1日600本くらい引きますから、普通の年でも3ダースくらいは必要です。今年は五輪があるので特別に6ダース購入しました。
(写真:リオ五輪では「団体でのメダルを獲りたい」と意気込む)

二宮: 今、手を拝見すると中指の真ん中の関節の部分に大きなタコができていますね。
古川: 弓を引く時に、ここで矢をグリップするので、どうしてもタコができます。これはアーチェリーをやっている人にしかできないものだと思いますね。

二宮: 今回、女子の団体も銅メダルを獲得しました。アーチェリーに興味を抱いた方も多いと思います。競技を始めるにあたって求められる資質はありますか?
古川: 誰にでも始められるスポーツですが、メンタルが重要なのは間違いありません。特に世界のトップクラスになると、技術的なレベルはほとんど変わりません。何が勝敗を分けるかといえば、それはメンタルでしょう。勝負の95%はメンタルが占めると僕は考えます。どんなスポーツもそうですが、ゴルフやボウリングなどで「これを決めたら賞金だ」などと余計なことを考えると手が震えるし、力みも出る。アーチェリーはまさに、この部分との戦いです。心の強さ、平常心が最も求められる要素でしょう。

二宮: 競技によってはアドレナリンを全開に出して、気持ちを高ぶらせたほうがいいものもありますが、アーチェリーの場合は全く違うと?
古川: 感情を高めすぎると、あまりいい結果は出ませんね。日常生活から喜怒哀楽の波が小さいほうがいい。たとえばロンドンでの準決勝の2セット目、僕も相手も1、2本目でともに10点を取りました。ところが3本目も10点を狙おうと力んでしまった僕は7点。相手は僕が外したのを見てリラックスできたのか10点を入れました。もし、逆に僕が先に10点を入れていたら、相手にプレッシャーがかかってミスをしたかもしれません。そう考えるとアーチェリーは限りなくメンタルスポーツだと感じています。

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