17日、世界体操競技選手権(英国・グラスゴー)の日本代表選考会を兼ねた「第54回NHK杯体操」が開催され、内村航平(コナミスポーツクラブ)が184.250点で優勝した。内村は7連覇を達成。2位に田中佑典(コナミスポーツクラブ)、3位には加藤凌平(順天堂大)が入り、世界選手権代表に決まった。女子は杉原愛子(梅花高)が初優勝。杉原と2位以下の笹田夏実(日本体育大)、寺本明日香(中京大)、湯元さくら(中京大)、内山由綺(スマイル体操クラブ)の4名が世界選手権代表に選ばれた。男子の残り3名、女子の1名は全日本種目別選手権(6月、東京)後に決定する。
(写真:内村に次ぐ2位で代表入りを決めた田中佑)


 美しさに力強さが加わった――。日本屈指のオールラウンダーが勝ち取ることのできるNHK杯上位による世界選手権出場枠。その切符を、田中と加藤がその手で手繰り寄せた。

 田中と加藤らの第1班は床運動(ゆか)からスタートした。トップバッターの野々村笙吾、2番手の早坂尚人と、順天堂大勢が続き、3番手の加藤が演技を実施。得意のゆかで安定した演技で15.400点を出した。一方、田中は15.050点。第1ローテーションを終えて、2人の順位は入れ替わった。

 第2ローテーションはあん馬。田中は決して得意な種目ではないが、力強い旋回を見せ、ミスなくまとめた。14.750点を加え、14.500点だった加藤から、2位の座を奪い返した。「あん馬をしっかりと通せたことで勢いに乗れた」という田中は、第3ローテーションのつり輪で15.100点をマーク。山室光史(コナミスポーツクラブ)、野々村という力強さが売りの選手たちにも引けをとらない実施を見せた。前半戦を終えた段階で、加藤との差を0.725点に広げた。

 続く跳馬で、田中はドリッグスを実施し14.800点を加えた。着地は小さく下がる程度で、本人も納得の出来。コナミスポーツクラブの応援席に向かって、ガッツポーズを見せた。一方の加藤は予定通りE難度のロペスを敢行した。着地で少し動いたが、ひねりは十分。15.350点で、田中との差を0.175点に詰めた。

 第5ローテーションは互いに得意種目とし、昨年の世界選手権で種目別決勝に進んだ平行棒。そこで銅メダルを獲得した加藤が15.300点を先に出すと、同5位の田中が15.550点と高得点を叩き出した。最終種目の鉄棒を残して、田中と加藤との差は、0.425点に広がった。

 まず先に演技を実施した加藤が14.750点で終える。合計得点は179.850点で、この時点でトップに立ち、3位以上が確定した。3大会連続での世界選手権代表入り。次に演技する田中は暫定2位の早坂とは11.675点差。余程のミスがない限りは、グラスゴー行きの切符は手にできる。暫定1位の加藤にも14.325点以上出せば、逆転できる。鉄棒は田中が得意とする種目だけに、どちらも上回ることは既定路線にも思えた。

 G難度のカッシーナから始まる難度点のDスコア7.3点の演技構成。前日に「守りに行かず、攻めていきたい」と語っていたように、頼もしさを感じさせるほど力強い演技で観客を魅了した。フィニッシュは後方伸身2回宙返り2回ひねり。着地でわずかに揺らいだが、まとめた。両手でガッツポーズを作り、顔をほころばせた。15.800の高得点で、合計181.325点。全日本選手権での貯金を減らすことなく、むしろその差を広げ、文句なしでの代表入りを決めた。

 田中は6種目中4種目で15点以上をマークするハイアベレージ。ここにきて逞しさが増した観がある。本人も「丁寧ではあるが、力強さがないことがネックでした。今年に入って筋力もついてきて、成長段階にあるのかなと。ようやく理想としている美しい体操に近づいてきた」と手応えを掴んでいる。日本体操協会の水鳥寿思男子強化部長は「去年、調子が良いと出来ていた部分も、自分のモノにして落ち着いて失敗しないようになった。上のステージに行ったのかなと思う」と高く評価した。

 コナミスポーツクラブの森泉貴博コーチによれば、昨年の世界選手権以降、個人総合での代表入りを狙っていた。総合力を伸ばすため、ドイツ、イギリス、アメリカの3大会のW杯で個人総合に出場した。「帰国してから練習の中身も、本人の取り組み方も変わってきた。身心ともに強くなった」と森泉コーチ。今大会は「苦手のあん馬と跳馬は確実に成功させよう。得意の平行棒と鉄棒は失敗が許されないぞ」とプレッシャーをかけて臨んだという。田中はこれまで鉄棒と平行棒のスぺシャリストとのイメージが付いていたが、昨年の世界選手権個人総合銅メダル獲得から、その域を脱しつつある。

 内村、田中、加藤。体操NIPPON、悲願の団体金に向け、水鳥強化部長が「本当に安定していて強い」と期待を寄せる3本の軸が出来上がった。

 圧巻の絶対王者

 絶対王者は、この日も変わらず頂点に立った。内村はただひとり全6種目で15点以上をマークし、大会7連覇を達成。水鳥強化部長が「いつも通り。本当にすごい。ただただ圧倒された」と語るほど、その強さは異次元だった。

 跳馬では全日本選手権の予選でも挑んだF難度のリ・シャオペンを決めた。2日前には「跳べなきゃいけない。最高の1本を出しておきたい」と意気込んでいた大技だ。着地で少し動いたものの、出来栄えを示すEスコアは9.350点をマーク。本人の感覚でも「全然違った。(跳馬に触れる時)ドスッと重い感じだったが、今日はサラッと触れたぐらい。いい具合に力を抜けていた」と自分のモノにしつつある。内村は「このままできるようになれば日本の武器になる」と胸を張った。

 リ・シャオペンを練習し始めたのは日本体育大に入学してから。そのころを「“やってみようかな”と思ってやってみたらできた。ただ試合で使えるレベルじゃなかった」と振り返る。以降、リ・シャオペンを終着点に技を磨いてきた。ヨーツーもそのための通り道に過ぎなかった。リ・シャオペン本人の映像はこれまで「100万回は見た」という。オリジナルには「まだまだ届いていない」と語り、完成型を目指すつもりだ。

 そして大トリを飾る鉄棒では、東京・代々木第一体育館に来た3915人の視線を一挙に引き付けた。離れ技を次々に成功し、観客から感嘆の声が漏れた。フィニッシュの後方伸身2回宙返り2回ひねりも、グッと着地を決めた。Dスコアは7.1、Eスコアも9.000点と完璧な演技。16.100点を叩き出し、終わってみれば2位の田中に2.925点差をつける圧勝だった。

 前人未到の世界選手権個人総合5連覇。内村は既に超人的な域に達しているとも言える。それでも究極の演技を求め、孤高の旅を続けている。それについて本人は「(究極かどうかは)自分で出せる答えじゃない。自分が突き詰めて、周りが評価するもの。答えがないから面白い。“とんでもないことをするな”と思われるように、これからも難度を上げていきたい」と、まだまだ上を見ている。視線の先はどこまでも高く、王座に安住するつもりはない。

<男子個人総合結果>
1位 内村航平(コナミスポーツクラブ) 184.250点
2位 田中佑典(コナミスポーツクラブ) 181.325点
3位 加藤凌平(順天堂大) 179.850点

<女子個人総合結果>
1位 杉原愛子(梅花高) 113.975点
2位 笹田夏実(日本体育大) 112.665点
3位 寺本明日香(中京大) 112.350点
4位 湯元さくら(中京大) 111.825点
5位 内山由綺(スマイル体操クラブ) 111.350点

(文・写真/杉浦泰介)