北京五輪が閉幕して早くも約2カ月半。今回の五輪でミズノはIOCのオフィシャルサプライヤーとしてIOCメンバー・役員などのウェア13アイテム約9,100点を納品した。また参加26競技中17の日本代表チームにユニホームや用品を提供したのをはじめ、25カ国のチーム、選手をサポートした。1924年のパリ大会で日本代表チームに用具類の提供を行って以降、ミズノは「スポーツの振興」を目的に五輪をさまざまな形で支え続けている。88年ソウル大会から責任者として五輪に関わっている上治丈太郎専務に今回の北京大会を振り返りつつ、これからの展開についても語ってもらった。

 抜け穴だらけだった独占契約

二宮: 北京五輪はソフトボールの金メダル、柔道の4つの金メダル、男子400メートルリレーの銅メダルなど、ミズノ製品を身につけた選手の活躍が目立ちました。海外でも金4個を獲得した中国卓球チームや、男女ともにメダルに輝いた米国バレーボールなど、ミズノのサプライが多かったと伺っています。大会前には水着問題などもありましたが、結果をみると、あらためて世界にミズノをアピールできる大会になったのではないでしょうか。
上治: そう言っていただけるのはありがたいことです。確かに表彰台で着用するウェアも含めると、今回の日本代表のほとんどのメダルにミズノは関わっていたことになります。
 ただ、これは日本国内からみた印象です。今回の五輪を総括すると、世界的にインパクトがあったのは驚異的な世界新記録をマークしたウサイン・ボルト、開会式での最終聖火ランナーとして登場した李寧、そして世界新記録を連発した競泳の3つだったと思います。ボルトのウェアはプーマでしたし、李寧は自ら「リネイ」ブランドを立ち上げている。競泳は言うまでもなくスピード社のレーザーレーサーが席捲しました。今回、グローバル的に目立ったのは、この3つのメーカーだったというのが我々の評価です。

二宮: 李寧は中国体操界の英雄とも呼べる人物。リネイは中国トップのブランドに成長を遂げています。
上治: 北京五輪組織委員会(BOCOG)が2005年に行った中国代表のウェアの入札に参加したのがリネイ、アディダス、ミズノの3社でした。入札にあたってはまず数億円のデポジットが条件。この段階でリネイは政府のバックアップを受けながら、ギブアップしてしまいました。最終的には、アディダスが52億円ほどで落札したようです。

二宮: それは莫大な金額ですね。
上治: 12億人ともいわれるマーケットへの効果を期待したのでしょう。驚きのオファーでした。ところがフタを開けてみると、リネイも五輪のエンブレムをつけたシャツのマーチャンダイジングを始めたんです。
 普通、こういった契約は1業種1社の独占になるはずですが、今回はそうではなかった。たとえば、オフィシャルカーの契約はフォルクス・ワーゲンが獲得しました。ところが途中でアウディを傘下におさめたために、2社が五輪のエンブレムをつける事態になりました。スポーツウェアのカテゴリーでも同様のことが起こったわけです。

二宮: 抜け穴だらけの契約だったと?
上治: そうです。IOCも対応に苦慮していました。通常ならアンブッシュ・マーケティングとして多額の損害賠償を請求できるケースです。ただ、契約がそうなっていないので、まさにやりたい放題。ビジネスの観点からいくと、前代未聞の五輪でした。

 中国マーケットの対象は2億人

二宮: それでもアディダスは費用対効果をみて、メリットがあると判断したのでしょうね。逆にいえば、それほど中国のマーケットが魅力的だとも言える。
上治: まだまだ中国は未開拓の市場ですよ。なぜなら、まだ中国にとってスポーツは一部のエリートのものに過ぎません。来年、日本の国体にあたる「大運動会」が開催されますが、そこで優秀な成績を残したアスリートたちが北京に集められてトレーニングを行う。これが中国の強化システムです。ですから、一般市民がスポーツ用品を買うという習慣がない。
 ただ、五輪後の情勢を現地の人間から聞いてみると、グッチやルイ・ヴィトンなどに目を向けていた若者層が、五輪で目立ったスポーツブランドのウェアなどを購入していると。この流れがどこまで続くか分かりませんが、近い将来、大都市圏を中心としてライフスタイルの中にスポーツ用品は入ってくることになるでしょう。ただ、日本のように学校体育などを通じて、全国的に購入するスタイルができるのは先の話。当面、対象になるのは2億人程度だと我々は見ています。

二宮: 中国内でマーケットを拡大するためのポイントは?
上治: 中国は日本と違って国土が広い。そのため、エリアによって売れるアイテムが違います。たとえば東北部であれば冬物が売れる一方、南部では夏物が売れるといった具合です。貧富の差も大きくて、高級品が飛ぶように売れる。その所得構造も含めて、我々がまだ分からない部分は多い。よくよくリサーチしなくてはいけないと思っています。
 現在、ミズノの店舗は中国に860ほど。今後は競技者向けのみならず、そういった富裕層の健康志向に合わせたマーケティング戦略を打ち出していく予定です。

(Vol.2に続く)
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