「小学生、中学生時代は嫌々、ゴルフをしていた。ただ続けさせたくれた家族には感謝しています。私が『辞めたい』と言った時に引き止めてくれた。本当に辞めなくて良かったと今は思えます」

 高校からゴルフ環境を変えた中野なゆ。競技に対する向き合い方も高知中央に進学してから変化していったという。

 

 小・中学校はレッスンプロに習うことはあっても、ほぼ独学で腕を磨いてきたと言っていい。練習場に通い、試合で答え合わせをする。その繰り返しだった。だが、高知中央はゴルフ部のある高校だ。最初の1年間は寮生活。2年生になってからは、自宅に戻り、自転車で1時間半かけて高校に通った。長距離通学は「いいトレーニングになりました」と振り返る。

 

 これまで孤独に近かった練習環境は、部活動ということで競い合うライバルが目の前にいた。

「部活のみんなも練習していて、自分も練習しないと負けてしまう。それで真面目に練習するようになりました」

 大会で優勝した時の受け止め方にも変化が生まれた。どちらかと言えば淡々としていた小・中学時代と比べ、「監督やお母さんも喜んでくれるのでうれしかった」と、周囲への感謝の気持ちが大きくなった。

 

 部活動以外でもゴルフ上達のため、指導を受けに外へ足を運んだ。愛媛の江口武志に指導を仰いだのである。江口は大分を拠点にプロゴルファーの卵や、若手プロをレッスンしてきた。10年12月からは愛媛県のダイキジュニアゴルフスクールの監督に就任していた。

「愛媛出身の高校の先輩と練習ラウンドをしている時、前の組に江口さんがいた。江口さんたちも2人組、私と先輩も2人組ということで、自然と一緒に回ることになったんです」

 

 ラウンドを回りながら、江口に教わる先輩。その様子を見ていた中野は「私も教えて欲しいです」と江口に頼んだ。

「練習後、『これからも教えて欲しいです』と、お願いをしたら、『明日の試合で3位に入ったら、教えてあげるよ』と言ってくれた。江口さんからすれば、冗談のつもりだったかもしれませんが、私は2位に入り、それがきっかけで見てもらえるようになったんです」

 

 高知から茨城へ

 

 肩肘の張らない江口の指導法は、中野にとって新鮮に映ったという。

「江口さんの指導は面白くて、『練習しなさい』ではなく『学生なんだから学校生活楽しんだら、ええねん』という方でした。今までにいないタイプの指導者だったので私も惹かれていきました」

 高校2年時には四国高校ゴルフ選手権で優勝、四国ジュニア選手権では2位に入るなど目に見える成績も残していった。

 

 プロゴルファーへの想いも変わっていった。15、16歳時には日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)ステップ・アップ・ツアーに2度出場した。いずれも香川・満濃ヒルズカントリークラブで行われた『うどん県レディース金陵杯』だ。

「初出場の時、すごく緊張したのを覚えています。緊張はしましたが、楽しくて“また出たいな”と思いました」

 受動的だったゴルフとの向き合い方は、どんどん能動的になっていった。当然、“プロゴルファーになりたい”という気持ちは膨らんでいく。

 

「好きだからというよりは仕事。稼いでいかなければいけないし、そのための手段がプロゴルファーだったんです」

 高校卒業後、プロを志す中野は生まれ育った高知県を離れ、茨城県へ向かった。ゴルフの強豪・東北福祉大学からの誘いもあったのだが、彼女の選択は東北行きではなかった。恩師の江口が愛媛から茨城に拠点を移すことを機に、自らも関東へ向かうことを決めたのだった。

 

 故郷から遠く離れた地での生活に迷いはなかった。中野は茨城のゴルフ場で研修生をした。研修生とは、ゴルフ場で働きながらプロを目指すこと。とはいえ、ゴルフ場の業務だけでも多忙な日々。結局、江口の指導も受けられなくなるなど、茨城での想い出はつらい時間の方が多かったかもしれない。なぜなら中野、半年ほどプロゴルファーを諦めていた時期がある。

 

(最終回につづく)

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中野なゆ(なかの・なゆ)プロフィール>

1999年6月25日、高知県高知市生まれ。6歳でゴルフを始める。小学生から高校までで国民体育大会に2回出場するなど、全国大会には13回出場した。高知県ゴルフジュニア選手権は2回、四国のジュニア大会は3回優勝。高校卒業後、関東に拠点を移し、ゴルフ場の研修生キャディーなどを経て、現在は日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)のツアープロを目指している。今年4月、プロを目指す若手のための大会「マイナビネクストヒロインゴルフツアー」の開幕戦を制した。今季は安定した成績を残し、同大会のポイントランキングで3位、賞金ランキングで5位だった。平均飛距離は230yard。得意クラブはパター。身長155cm。

 

(文・写真/杉浦泰介)



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