第125回 香川真司の時代
「ここまでやるとは思っていなかったが、こんなところで満足しているようじゃ困る」
ドイツ・ブンデスリーガ1部の古豪ボルシア・ドルトムントで活躍する香川真司に辛口のエールを贈ったのが日本代表前監督の岡田武史だ。

日本代表が決勝トーナメント進出を果たした先の南アフリカW杯、香川は最終メンバーの23名から漏れ、4名の帯同選手のひとりとして参加した。試合はスタンドから観戦した。口にこそ出さないが、内心、忸怩たるものがあったに違いない。
振り返って考えれば、香川はほんの1年前までJ2で戦っていた。それが今では押しも押されもしないドルトムントの中心選手である。
第7節終了時で香川は全試合に出場し4ゴールの活躍を見せている。クラブは開幕戦こそ敗れたが、第2節から6連勝。第7節では前年のリーグ覇者バイエルン・ミュンヘンを2対0で下し、6勝1敗でリーグ2位につけている。
香川が自らの名をドイツ中に知らしめたのは第4節、敵地で行われたシャルケ04との“ルール・ダービー”だ。ルール地方といえばライン川とルール川下流域に広がるドイツ屈指の重工業地帯。近隣の工業都市同士の対決とあって、戦いはどのダービーにも増して熱を帯びる。そんな注目の1戦で香川は2ゴールをあげ、勝利の立役者になったのだから周囲は放ってはおかない。
「日本にも大きなダービーがあるかどうか知らないが、この試合はドイツ最大のダービー。欧州でも屈指のダービーなんだ」
監督のユルゲン・クロップは興奮した口調で言い、こう続けた。
「シンジはこれでドルトムントの人たちから絶対に忘れられない存在になっただろう」
香川は身長172センチと小柄だが、動きがシャープでボールの扱いも巧みだ。ダービーでの2点目についてクラブの公式サイトでは「まるでカンフーファイターのようだ」との記述がある。クロスを左足で合わせた跳び蹴りのようなボレーシュートを見れば、誰だってそう思うだろう。
余談だがイチローがメジャーリーグデビューを果たした時、バットに当てる技術とファーストベースに駆け込むスピードにびっくりしたあるメジャーリーガーが、エクスポズにいた吉井理人(現北海道日本ハム2軍投手コーチ)に「イチローはニンジャか?」と真顔で訊ねたという。
「そうだ。実はイチローはニンジャの子孫なんだ」
吉井が大まじめに告げると「そうか。どおりで普通の日本人とは違うと思った」と目をパチクリさせながら答えたという。
話を香川に戻そう。
ドルトムントがセレッソ大阪から「カンフーファイター」を獲得するのに要した資金は約4千万円(育成費)と言われている。それが今では「最低でも市場価格は350万ユーロ(約3億8500万円)」(ビルト紙)と見られているのだから、クラブにとっては掘り出し物である。今後、Jリーグでプレーする日本人選手の評価がハネ上がることは間違いない。
実はドルトムントの今季開幕スタメン11名の平均年齢は23.7歳。世界中から若い才能が集まっており、切磋琢磨するにはいい環境だ。
スタジアムも素晴らしい。「ジグナル・イドゥナ・パルク」といってもピンとこない方がほとんどだろうが、06年ドイツW杯で日本代表がブラジル代表に敗れたスタジアムと言えば「あのデッカイところか」となるのではないか。
収容人数8万人。勾配が急なスタジアムは比喩ではなく“興奮の渦”と化す構造になっており、ここで戦っていれば、どこの国のスタジアムでも緊張することはそうないだろう。
近年、ドルトムントを足がかりにして、ビッグクラブへステップアップした選手といえばチェコ代表のトマーシュ・ロシツキーが思い浮かぶ。香川と同じく小柄で、キレのあるドリブルを武器とするロシツキーもドルトムントの人々から愛された。彼がクラブにやってきたのは20歳の時。年齢的にも香川のケースと重なる。ロシツキーは6シーズン過ごした後、イングランド・プレミアリーグのアーセナルへ推定1千万ユーロ(約14億5千万)で移籍した。
「ドルトムントで終わる気はありません」
香川は、はっきりそう口にしている。この先どこまで成長するのか。21歳の未来には無限の可能性が広がっている。
<この原稿は2010年10月29日付『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>
ドイツ・ブンデスリーガ1部の古豪ボルシア・ドルトムントで活躍する香川真司に辛口のエールを贈ったのが日本代表前監督の岡田武史だ。

日本代表が決勝トーナメント進出を果たした先の南アフリカW杯、香川は最終メンバーの23名から漏れ、4名の帯同選手のひとりとして参加した。試合はスタンドから観戦した。口にこそ出さないが、内心、忸怩たるものがあったに違いない。
振り返って考えれば、香川はほんの1年前までJ2で戦っていた。それが今では押しも押されもしないドルトムントの中心選手である。
第7節終了時で香川は全試合に出場し4ゴールの活躍を見せている。クラブは開幕戦こそ敗れたが、第2節から6連勝。第7節では前年のリーグ覇者バイエルン・ミュンヘンを2対0で下し、6勝1敗でリーグ2位につけている。
香川が自らの名をドイツ中に知らしめたのは第4節、敵地で行われたシャルケ04との“ルール・ダービー”だ。ルール地方といえばライン川とルール川下流域に広がるドイツ屈指の重工業地帯。近隣の工業都市同士の対決とあって、戦いはどのダービーにも増して熱を帯びる。そんな注目の1戦で香川は2ゴールをあげ、勝利の立役者になったのだから周囲は放ってはおかない。
「日本にも大きなダービーがあるかどうか知らないが、この試合はドイツ最大のダービー。欧州でも屈指のダービーなんだ」
監督のユルゲン・クロップは興奮した口調で言い、こう続けた。
「シンジはこれでドルトムントの人たちから絶対に忘れられない存在になっただろう」
香川は身長172センチと小柄だが、動きがシャープでボールの扱いも巧みだ。ダービーでの2点目についてクラブの公式サイトでは「まるでカンフーファイターのようだ」との記述がある。クロスを左足で合わせた跳び蹴りのようなボレーシュートを見れば、誰だってそう思うだろう。
余談だがイチローがメジャーリーグデビューを果たした時、バットに当てる技術とファーストベースに駆け込むスピードにびっくりしたあるメジャーリーガーが、エクスポズにいた吉井理人(現北海道日本ハム2軍投手コーチ)に「イチローはニンジャか?」と真顔で訊ねたという。
「そうだ。実はイチローはニンジャの子孫なんだ」
吉井が大まじめに告げると「そうか。どおりで普通の日本人とは違うと思った」と目をパチクリさせながら答えたという。
話を香川に戻そう。
ドルトムントがセレッソ大阪から「カンフーファイター」を獲得するのに要した資金は約4千万円(育成費)と言われている。それが今では「最低でも市場価格は350万ユーロ(約3億8500万円)」(ビルト紙)と見られているのだから、クラブにとっては掘り出し物である。今後、Jリーグでプレーする日本人選手の評価がハネ上がることは間違いない。
実はドルトムントの今季開幕スタメン11名の平均年齢は23.7歳。世界中から若い才能が集まっており、切磋琢磨するにはいい環境だ。
スタジアムも素晴らしい。「ジグナル・イドゥナ・パルク」といってもピンとこない方がほとんどだろうが、06年ドイツW杯で日本代表がブラジル代表に敗れたスタジアムと言えば「あのデッカイところか」となるのではないか。
収容人数8万人。勾配が急なスタジアムは比喩ではなく“興奮の渦”と化す構造になっており、ここで戦っていれば、どこの国のスタジアムでも緊張することはそうないだろう。
近年、ドルトムントを足がかりにして、ビッグクラブへステップアップした選手といえばチェコ代表のトマーシュ・ロシツキーが思い浮かぶ。香川と同じく小柄で、キレのあるドリブルを武器とするロシツキーもドルトムントの人々から愛された。彼がクラブにやってきたのは20歳の時。年齢的にも香川のケースと重なる。ロシツキーは6シーズン過ごした後、イングランド・プレミアリーグのアーセナルへ推定1千万ユーロ(約14億5千万)で移籍した。
「ドルトムントで終わる気はありません」
香川は、はっきりそう口にしている。この先どこまで成長するのか。21歳の未来には無限の可能性が広がっている。
<この原稿は2010年10月29日付『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>