第182回 開会式で予感したデフリンピックの熱
今月、第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025が開催されました。
デフリンピックは「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」で、79の国や地域から3081人の選手が参加、日本からは約270人出場しました。
デフリンピックは1924年、フランスで始まり、今大会は100周年の記念すべき大会で、また日本では初めての開催です。
試合の観客数は想定を超え、バレーボールの試合では会場が満席となり、一時は入場規制が行われるほどでした。
主催者のウェブサイトには「混雑状況」のページが設けられており、日ごと、競技会場ごとに、「スムーズに入場できます」「混雑しております」「空席残りわずかです」と案内されていました。
会期中の観客数は約28万人(速報値)。当初、大会主催者が目標に設定していた10万人の3倍近い数字を記録しました。
実は私は正直、これほどの観客が集まるとは思っていませんでした。そう、開会式を観るまでは……。
開会式の会場は収容人数1万人の東京体育館。国立競技場で開催された東京オリンピック・パラリンピックと比較すると小規模です。しかし、観客席も含め会場全体が手話による拍手で、出場選手を迎え、一体感が増しました。
開会の挨拶は、石橋大吾日本ろうあ連盟理事長から始まりました。
「私たちはデフリンピックの理念『スポーツを通した平等』を引き継ぎ、東京2025デフリンピックを機に社会を変えたいと、日本全国各地できこえないことや手話言語、デフスポーツ、コミュニケーションバリアフリーの理解促進に取り組みました。
(中略)今、私たちを取り巻く社会は大きく変わりつつあります。
(中略)デフアスリートたちが国際手話や身体、表情、その全てで心を通わせ、互いを認め、尊重し合い、プレーするこの景色は共生社会の姿そのものです」
社会変革へのメッセージが色濃く出ていました。
続いて小池百合子東京都知事。
「4年前、東京は初めて、2度目のパラリンピックを開催し、共生社会の実現に大きな一歩を踏み出しました。そして、今回のデフリンピックを契機に、東京は更に前進します。コミュニケーションの壁を打ち破り、手話言語やデジタル技術を活用し、だれとでもスムーズにコミュニケーションできる社会を実現してまいります。
(中略)様々な違いを超えた調和と多様性が大会の原動力となっています。
(中略)誰もが暮らしやすい真の共生社会に向けたムーブメントを東京から世界へ」
やはり共生社会への強いメッセージが打ち出されました。
更に、高市早苗内閣総理大臣は「4年前に東京で開催されたオリンピック・パラリンピックは、感染症の影響により、多くの方々に会場で直接ご観覧いただくことが叶いませんでした。しかし、私たちが目指した共生社会の理念は、決して失われることなく受け継がれています」と、冒頭の歓迎や感謝の言葉に続き、社会へのメッセージを送りました。この時点で、大会は社会を変えることを目的にしているという共通の認識が大きく伝わり、心揺さぶられる思いがしました。
すると、こう続いたのです。
「本年10月には、パラリンピック競泳の金メダリストであり、全盲のアスリートである河合純一氏が、政府のスポーツ庁長官に就任いたしました」
一瞬耳を疑いました。まさか、一国の総理大臣が、世界中が注目する開会式という場で、このようなメッセージを送るとは……。背筋が伸びる思いがしました。
そして、こうも。
「障害の有無にかかわらず、一人ひとりから持てる力を存分に発揮し、自ら選んだ道で夢をかなえる。そのような社会の実現に向けて、日本はこれからも着実にその歩みを進めてまいります。政府としても、だれもが活躍でき、その喜びをともに分かち合う、そうした共生社会の実現に向け、誠心誠意取り組んでまいります」
開会式で登壇したリーダーたちの、社会変革に対してのメッセージがここまで明確で、力強いとは。そして河合純一長官への言及は、その象徴として、私の胸に刺さりました。同時にこの時、もしかしたら各会場が観客で溢れるのではないか、とそれまでの私の予測を吹き飛ばす思いが湧いてきたのです。
結果、多くの人が会場に足を運びました。そしてこの大会に向けて開発されたサインエールが、うずのように観客席、会場全体を包んでいたのでした。開会式での私の予感は的中したと、いえ、それ以上のうれしい結果がもたらされたのでした。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。