第1196回 スポーツ界に“クマ禍” 駅伝を次代につなぐ道は
「朝、家のドアを開けるのが怖いです。玄関を出て、車に乗るまでの間も怖い。いつクマに襲われるかわかりませんから…」
切実な声で、そう語るのは秋田県鹿角市に住む浅利純子さん。1993年世界陸上ドイツ・シュトゥットガルト大会女子マラソンの金メダリストだ。
「私が子どもの頃、クマが里にやってくることは、ほとんどなかった。ところがここ最近、特に今年に入ってからは目撃情報が相次いでいます。私自身、子どもを学校に送る途中、車の前をクマに横切られ、血の気が引きました」
全国各地でクマによる人身被害が相次いでいる。2025年の被害者数は197人、うち死亡者数は12人(4月~10月・環境省発表)。東洋経済オンライン(25年11月1日)によると、出没件数(4~8月)が多いのは岩手県(3453件)、秋田県(3089件)、次いで青森県(1384件)。北東北3県の深刻さが浮かび上がる。
その北東北3県の小中学生を対象に鹿角市と市の教育委員会は毎年7月に「浅利純子杯争奪鹿角駅伝」を開催している。浅利さんによると「今年は男女合わせて66チーム、約400人」が参加した。
クマの出没情報が相次ぐ中、主催者は安全確保に万全を期した。「クマは大きな音に弱いというので、山では爆竹を鳴らしました。また補助員には熊鈴を付けてもらい、身を守ってもらうと同時に、子どもたちにいち早く危険を知らせる役目も荷ってもらいました」と浅利さん。その甲斐あって無事終了することができたが、「来年も同じ場所でできるかどうかはわからない。来年はコースを(クマの出没情報が少ない)市街地に変えるかもしれません」と語っていた。
既に実害も出ている。11月6日に秋田市内で行なわれた東北高校駅伝では、選手がクマと遭遇する恐れがあるとして学法石川高(福島)などが出場を辞退した。大会は当初、公園を周回するコースを予定していたが、クマとの遭遇を避けるため、トラックレースに変更された。
子どもたちの運動不足を懸念する声も出ている。鹿角市では、クマの出没情報が流れると、子どもたちの安全確保を最優先し、屋外での部活は取り止めになる。外遊びや野外活動を禁じている学校もある。
コロナ禍、「スポーツを止めるな」という運動が全国的に起きたのは記憶に新しい。感染を拡大しないための練習や大会のあり方が模索された。
だが、災害級とも言える今回の“クマ禍”に対しては、打つ手がないのが実状だ。北米では屋外競技にクマよけのベアドッグを利用しているケースもあると聞く。今後の検討課題だろう。「最近になって少しクマの目撃情報が減ってきた。でも中には冬眠しないクマもいるらしいから安心はできない。来年以降も続く問題ですから……」と浅利さん。クマ対策は長期戦の様相を呈している。
<この原稿は25年12月3日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>
