宮岡良丞(愛媛銀行SASUKE出場選手/愛媛県松山市出身)最終回 「自分にとって誇るべき1日」

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 松山中央高校から関西大学に進学した宮岡良丞は、「テニスは大学まで」と考えていた。そのため、SASUKEのトレーニングは続けていたものの、時間を割く比重は、テニス部の活動に重きを置いていた。

 

 大学3年生の後半になると就職活動を始めた。そして4年生になると、リクルートスーツに身を包み、いよいよ就活を本格化させた。

 

 2015年、就活中の7月、宮岡は病魔に襲われた。「胸が苦しすぎて、病院へ行った」。診断は肺気胸だった。手術をして回復したが、2週間も入院した。入院中、ベッドの上で地元企業に就職先を探す「Uターン」を考え始めた。

 

 退院後、調べてみると愛媛銀行が2次募集を開始していた。エントリーした結果、面接は8月中旬に設けられた。宮岡は面接などをクリアし、めでたく内定を得た。「2次募集だったこともあり、1週間くらいの間に返事をしないといけなかった」。大阪の企業を受けるか、地元に帰るか悩んでいる時に、進路を決定する「ある情報」を掴んだ。

 

「高校時代、愛媛県予選準優勝で僕はインターハイに出場しました。優勝者が伊予銀行に就職して、テニス部に入ると聞きました。この話を聞いたときに、“もう1度、彼とテニスをやりたい!”と思った。僕が愛媛に帰れば、国体(現国スポ)予選で対戦できる可能性がある。勝ちたいというより、もう1度対戦したかった」

 

 

 こうして宮岡は、再びラケットを握る決意を固めた。高校時代の愛媛県チャンピオンと対戦するために帰郷、そして愛媛銀行への就職を決めた。

 

 2016年4月、宮岡は愛媛銀行に入行した。どうすれば、ライバルと対戦できるか。

「国体の県予選は1次予選と2次予選(ともにトーナメント方式)とあります。彼は有力選手なので、1次はシードされていましたので、2次からの出場です。僕が1次予選を勝ち抜くのは、最低条件です。その上で、2次予選の組み合わせ抽選での運が必要でした。必ず2次の1回戦で彼と当たるくじを引かないといけない。なぜならば、1回戦で僕が他の選手と当たると、勝つのは難しいから……」

 

 SASUKEに「全振り」

 

 伊予銀行のテニス部は、全国的に見ても強豪である。2次予選には8名が参戦する。ここに伊予銀行の選手が複数名入るのは、珍しいことではない。「せっかく1次を勝ち進んで2次予選に出られても、1回戦で他の伊予銀行の選手と当たると、僕に勝ち目はほぼない」。

 

 入行2年目の2017年4月、第72回国民体育大会愛媛県予選で、宮岡は1次予選を突破した。抽選会、ここで宮岡はチャンピオンと1回戦で当たるくじを引き当てたのだ。

 

 同年5月、愛媛県総合運動公園で行なわれた2次予選の1回戦。宮岡はチャンピオンとフルセットまでもつれながら、セットカウント1対2で惜敗した。

 

「小学生時代からチャンピオンと何度も戦っていますが、これまで1セットも取れなかったんです。そんな僕が、彼から1セットを取ってフルセットまでいった。伊予銀行は練習環境が整っていて練習相手もいる。一方で、愛媛銀行はテニス部があるわけじゃない。自分で練習相手を探し、小学生から50代の人までを相手にと練習した。環境に恵まれない中で、それなりの試合ができた。僕の人生の中でも、誇るべき1日だった」

 

 完全燃焼をした宮岡は、この1年後にテニスを止めた。あの日のファイナルセットから1年後の理由は「上司が僕のテニス活動をすごく応援してくれていて、“止めないで”と言ってくれたから」だった。

 

「高校時代のチャンピオンとまだ対戦が実現していなかったら?」と水を向けると、宮岡はこう答えた。

「もしかしたら、まだテニスを続けていたかもしれません。彼とテニスで対戦したくて、愛媛銀行に入ったんですから」

 

 宮岡の挑戦は終わらない。いまはテニスに費やしていた時間を、SASUKEのトレーニングに「全振り」している。2014年から始めたSASUKEへの応募は、2023年で成就した。2024年の2度目の出場から、銀行員のアイデンティティであるスーツで臨んでいる。第1回で触れたように、バーティカルリミット.BURSTをSASUKE史上初めてクリアし、有力選手の仲間入りを果たした。

 

「僕のチャレンジを理解し、応援してくれている周りの人々には、本当に感謝です」と宮岡。周囲の応援と期待を背に、SASUKE完全制覇に向けて、今日もハードなトレーニングを続けている。

 

(おわり)

 

<宮岡良丞(みやおか・りょうすけ)プロフィール>

1993年8月7日、愛媛県松山市生まれ。幼少期からテニスを始める。2011年、高校3年時にはインターハイに出場した。「SASUKE」は小学校1年時に初めてテレビで視聴した。2014年から「SASUKE」に応募を続け、2023年第41回大会から出場している。第42回大会では、史上初めてバーティカルリミット.BURSTをクリアし、.BURST導入後初のFINAL進出を果たした。完全制覇を目標に日々、トレーニングに打ち込んでいる。

 

 

(文/大木雄貴)

 

 

 

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