列島が歓喜に包まれたのは、今から8年前の夏のことだ。佐々木則夫率いるサッカー女子日本代表、通称・なでしこジャパンがW杯を制したのだ。

 

 

 準々決勝で開催国のドイツを撃破して勢いに乗ったなでしこは、準決勝でスウェーデンに圧勝して決勝へ。世界ランキング1位の米国を相手に2度もリードを許しながら、そのつど追い付き、PK戦を制して戴冠を果たした。

 

 この年の3月、列島は深い悲しみに包まれた。東日本を襲った大地震により、死者・行方不明合わせて約1万8000人が犠牲となった。

 

 なでしこの活躍は被災地に勇気と励みを与えたとして、同年8月、チームとして初の国民栄誉賞に輝いた。

 

 その1年後のロンドン五輪でもなでしこは銀メダルを獲得し、ドイツW杯での優勝がフロックではなかったことを証明した。2015年のカナダW杯でも、なでしこは決勝に進出した。

 

 だが、しかし――。3年前のリオデジャネイロ五輪はアジア最終予選で敗れ、出場権を得られなかった。それを機に代表監督は佐々木から高倉麻子に代わった。

 

 高倉は6月に開幕するフランスW杯の目標を「優勝」と明言する。日本、イングランド、スコットランド、アルゼンチンの4カ国で構成するグループDはイングランドとの1位争いが予想されるが、負ける相手ではない。8年前は2位で通過しながら、ピラミッドの頂点に上り詰めた。女性指揮官の手腕に注目が集まる。

 

 高倉は1968年生まれの50歳。現役時代はパスの差配に長けたプレーメーカーとして鳴らした。15歳で日本代表に選出され、代表では79キャップを誇る。

 

 引退後は女子としては3人目となるS級コーチライセンスを取得し、2012年、13年にはアジアサッカー連盟が定める「アジア年間最優秀コーチ(女子の部)」を受賞した。その意味では満を持しての登板だ。

 

「僕の後任は高倉さんが適任だと思っていた」

 

 そう語るのは前代表監督の佐々木だ。

「僕がU-20の監督も兼ねていた時のコーチが彼女。一緒に仕事をしていて気付いたのは彼女の親分肌の性格。コーチよりも監督の方が向いているな、と思いましたよ」

 

 ドイツW杯優勝メンバーの矢野喬子は高倉が志向するサッカーを、こう読む。

「チームのルールより個々の能力や判断を生かすことを大切にしている印象を受けます。戦術面においては、前線と最終ラインの距離を縮め、全体をコンパクトにしてボールを奪いやすくする。選手の連動性を重視したサッカーです」

 

 高倉に課されたミッションは世代交代だ。

 

 8年前の優勝はキャプテン澤穂稀、司令塔・宮間あやの卓抜の戦術眼、世界屈指の技巧によってもたらされた。

 

 ポスト澤、ポスト宮間は一朝一夕に育てられないが、高倉が登用する22歳の杉田妃和や長谷川唯のプレーにはキラリと光るものを感じる。

 

 W杯で2度目の戴冠はなるのか。なでしこ初の女性指導者は、さらにその先の東京をも見据えている。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2019年3月17日号に掲載されたものです>

 


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