(写真:タイプの違う両雄は今度はどんなドラマを見せてくれるか Photo By Mark Robinson/Matchroom Boxing)

12月7日

サウジアラビア ディルイーヤ

WBA、IBF、WBO世界ヘビー級タイトルマッチ

 

王者

アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ/30歳/33勝(22KO)1敗)

vs.

前王者

アンソニー・ジョシュア(イギリス/30歳/22勝(21KO)1敗)

 

 

 2019年下半期最大、いや今年最大と呼んでも大げさではないビッグファイトが今週末に迫っている。6月1日、衝撃的な激闘を演じたヘビー級の2人のパンチャーが、今度はサウジアラビアのリングで雌雄を決する。新たに業界最大級のビッグネームとなったルイスが返り討ちにするのか。イギリスの英雄、ジョシュアが意地を見せ、王座に返り咲くのか。

 

 今戦はヘビー級の今後を左右するタイトルマッチというだけでなく、近未来のボクシングビジネスに莫大な影響を与えるファイトでもある。今回はこの大一番の見どころを掘り下げてみていきたい。

 

 

 一般的な予想は五分

 

(写真:ジョシュアがサイズの違いをどう生かすかが焦点になる Photo By Mark Robinson/Matchroom Boxing)

 リマッチの一般的な戦前予想はほぼ五分に近い。第1戦が終わった直後には、この敗戦はジョシュアの油断の産物であり、再戦では気を引き締めて戦えばリベンジが濃厚という見方が多かった。しかし、後にボディから顔面への返しを有効に使ったルイスの的確な戦い方が分析され、新王者への評価が徐々に高まった感がある。

 

 恐れを知らず、打たれ強く、ミドルレンジのコンビネーションのスピードに秀でたルイスは、実際にジョシュアには極めて厄介な相手に思える。このカードはジョシュアにとってのマッチアップ・プロブレム(=相性が悪い)か。東海岸の実力派トレーナー、スティーブン・エドワーズのこんな見方が、ルイスがジョシュアにはいかに面倒な相手であるかをわかりやすく描写している。

「ジョシュアはシンプルに戦うべきだ。(前戦では)フック系のパンチを浴びてしまっていたから、リングの中央で棒立ちになってはいけない。相手をコントロールするジャブを放ち、機を見て右ストレートも使うべき。フックやアッパーはイギリスに置いてきてしまった方が良い(=使ってはいけない)。この試合は勝ちに徹し、残りの現役生活ではもうアンディに近づいてはならない」

 

 通常は勝ち方が問われるのが欧米のリングだが、今戦だけはとにかく勝つことが最優先。ジョシュアは“綺麗にリベンジしよう”といった欲を捨て、単調なまでにシンプルなアウトボクシングを心がけるべきだろう。中間距離ではどこかのラウンドで再びカウンターでフックを浴びるリスクも大きいだけに、より慎重に、距離をとって戦う必要がある。それができれば、たとえ凡戦でも、明白な判定勝利が見えてくるのかもしれない。

 

 PBCの事情

 

 地元開催の五輪で金メダルを獲得、プロでも全勝全KOのまま世界王者に戴冠、元王者ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)にKO勝利――台頭期のジョシュアはまさに“英国のゴールデンボーイ”といった形で売り出され、実際に現役最高級の人気、知名度を得るに至った。

 

 そのジョシュアにとって、ルイスとの再戦はまさにターニングポイントの一戦。ここで同じ相手に2連敗となれば、もう2度とかつての商品価値を取り戻すことはあるまい。一方、一躍シンデレラボーイになったルイスにとっても、我が世の春を謳歌し続けるためにはここで真価を証明しなければならない。そして、両選手にとって極めて大事な戦いは、同時に所属プロモーター、テレビ局の今後を左右するファイトでもある。

 

(写真:明るいキャラのルイスはメキシコのファンを味方につけ、すでに人気沸騰 Photo By Mark Robinson/Matchroom Boxing)

 ルイスが勝てば、WBC王者デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)と合わせ、アル・ヘイモンが率いるPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)が主要4団体のすべてのベルトを抱えることになる。さらに来年2月にワイルダーがタイソン・フューリー(イギリス)との再戦を制すれば、そこでヘビー級は完全にPBCの支配下に置かれるのだろう。

 

 最重量級のタイトル総取りは、最近はPBCを様々な形でバックアップしている米地上波FOXにとっても願ってもない展開。黒人層に人気のワイルダー、メキシコ系としては史上初のヘビー級王者であるルイスを看板に据え、大々的に地上波&PPVで売り出していく構図が見えてくる。いつかこの2人が直接対決すれば、多人種間のヘビー級4団体統一戦はボクシングの範疇を超えたビッグイベントになるはずだ。7日の試合から、そんなPBCのドリームシナリオは動き出すのだろうか。

 

 DAZNの切実

 

 一方、ジョシュアを抱えるマッチルーム・スポーツと契約を結び、今回の再戦も生配信するDAZN USAにとっては、今週末の試合はPBC以上に死活問題と言えるタイトルマッチであるに違いない。

 

 昨年9月にアメリカ進出を開始したDAZNだが、ここまで加入者数は思い通りに伸びていないというのが業界内の定説。案の定、11月中旬に同社はニューヨークオフィスの複数のスタッフを解雇した。11月2日のサウル・アルバレス(メキシコ)対セルゲイ・コバレフ(ロシア)戦、11月9日のいわゆる“ユーチューバー対決(KSI対ローガン・ポール戦)”でも加入者の増加が期待されたほどではなく、そのしわ寄せがきた結果なのだとか。DAZNを離れた元職員は、同社は「継続的に多額の赤字を出している」と 証言していた。

 

 そんなDAZNにとって、ルイス対ジョシュアの再戦では是が非でも英国の雄に勝ってもらわなければなるまい。今後の巻き返しに向け、カネロ、ジョシュアという傘下の2枚看板の確立は不可欠。特にヘビー級の3つのタイトルを取り戻せば、新たに様々な可能性が膨らんでくるのだろう。

 

(写真:一時は“ヘビー級の救世主”と称されたジョシュア。前戦で脆さを暴露し、今戦は崖っぷちで迎える Photo By Mark Robinson/Matchroom Boxing)

 しかし、ここでもしジョシュアが再び敗れ、商品価値を大暴落させるようなことがあれば……。その相手候補として獲得したオレクサンダー・ウシク(ウクライナ)、ディリアン・ホワイト(イギリス)、ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)といった強豪たちの存在価値も激減。DAZNのヘビー級ビジネスは袋小路に陥り、同社のプラン自体に影響が及ぶことは想像に難くない。その後、事態はドミノ倒しのように悪い方向に向かうことも考えられる。

 

 DAZNとマッチルームの契約には2年目終了後にオプトアウト条項があるという噂は根強い。少々飛躍した話になるが、このまま業績不振の場合、来夏にはそのオプションが行使され、動画配信サービスは早々にボクシング業界から足を洗うといった仰天の事態もまったくあり得ない話ではないのかもしれない。

 

 このように、12月7日の世界ヘビー級タイトル戦には多くの人々の種々な思惑が委ねられている。まさに数億ドルの意味を持つメガファイト。今週末、業界全体の視線がサウジアラビアに集中する。そして、この試合が終わる頃、米ボクシングビジネスの行方がうっすらと見えてきているはずである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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