さすがはブラジル、というべきか。試合が終わって数日が経っても、あちこちであの試合について聞かれる。

 

 一番よく聞かれたのは「ブラジルは本気だったんですか」ということ。これ、良くも悪くも日本人ならではの疑問だと思う。草野球や草サッカーになると「そんなにムキになるなよ」と思ってしまう人の多い国ならでは、である。

 

 一度でもブラジル人とボールを蹴ったことのある方ならお分かりいただけるだろう。草だろうが公式戦だろうが、いざ試合になれば、彼らの本気に一切の違いはない。やるからには勝つ。足を引っ張る味方は容赦なく罵倒する。なので、あの日のブラジルが本気も本気、完全にガチだったことは保証できる。

 

 ただ、本気=素晴らしい試合を約束するものではもちろんない。日本からPKによる1点しか奪えなかった時点で、彼らにとっては辛うじて最悪を免れた、ぐらいの試合だった。

 

 試合後、チッチ監督は「非常にハイレベルな試合だった。W杯レベルの対戦だった」と語ったそうだが、これは、日本の戦いぶりを評価したというよりは、母国に向けての発信ではなかったか。日本に対するほめ言葉では決してない。むしろ、「本気でやってこれかよ」という国民の怒りに対するエクスキューズだとわたしは思う。

 

 興味深い、というかいささか感慨深ささえ覚えてしまったのは、ブラジルのメディアから聞こえてきた日本の反則の多さを指摘する声だった。

 

 正直、わたしはあの日の日本に反則が多いとはまったく思わなかった。それどころか、イラン人の主審が少々神経質すぎる、とまで感じていた。ところが、ブラジルの中には日本の反則の多さ、悪質さに憤慨している声もあるらしい。

 

 どれだけ日本がクリーンだと思っていたんだろう。

 

 ブラジル戦に出場した日本選手のほとんどは、海外でプレーしていた。反則をしてでも止めるという判断が、日常的に求められる国でプレーしていた。それでも、彼らはコロンビア人のようにネイマールの骨をへし折ろうとは考えていなかったし、悪意を感じさせる反則は皆無だった。ただ、日本=クリーンという先入観がある人からすれば、日本が反則で止めるという行為自体に驚いたのだろう。気持ちは、まあわからないでもない。

 

 日本のファンの中には、枠内シュートが0だったことへの怒り、失望の声がある。正直、わたしも失望した。ただ、後半に入ってずいぶんと持ち直したところに希望を見出している。

 

 前半の日本は、ブラジルの速さについていけなかった。自転車のスピードしか知らなかった少年が、初めて乗ったオートバイの速さに戸惑ったようでもあった。

 

 だが、自転車に乗れる人のほとんどは、バイクも制御できるようになる。実際、後半の日本は、少しずつではあったが、明らかにブラジルのスピードに対処し始めていた。

 

 大切なのは、いまも身体が覚えているであろうブラジルの速さ、特に頭の回転の速さを、いかにして脳内で再生し続けられるかどうか。まずは次のガーナ戦。ここで教訓を生かせなければ話にならない。今後、常に対ブラジルを前提としてプレーできれば、ドイツもスペインも、決して対応不可能な相手ではない。

 

<この原稿は22年6月2日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


◎バックナンバーはこちらから