ウクライナ国旗を胸に、W杯を戦おう
チュニジア戦の惨敗を受け、しかし「失望はしたが絶望はしていない」と書いてから半日後、試合を報じる各メディアの論調を見て少しばかり気持ちが動いた。
より、暗くなった。
原因は、シュミット・ダニエルに対する評価だった。
曲がりなりにもGKを経験したことのある人間の一人としては、あの3失点でGKの責任を問われてしまうと、正直、言葉がない。
だが、世界に目を向ければ、この程度の痛みや不満などものの数ではない、とも思う。
日本がチュニジアに惨敗してから数時間後、カタールではコスタリカがW杯行きのチケットをつかみ取った。消えたのはニュージーランドだった。
“キウイ(ニュージーランドの国鳥)”たちにとって、不運というか、およそ納得しがたい試合だったのは間違いない。彼らは、見方によっては恣意的とも取れるVAR判定によって、同点ゴールを取り消された。当然、彼らは激怒したが、当然、一度覆された判定がもう一度ひっくり返ることはなかった。
より悲劇的だったのは、PK戦の末、オーストラリアとのプレーオフに敗れたペルーだった。痛恨の失敗をしたキッカーの一人は、試合後のインスタで国民に対する謝罪と自らの代表引退を発表した。
壮絶だったのは、ウェールズ対ウクライナだった。64年ぶりの本大会出場にかけるウェールズと、全国民の祈りを背負って戦うウクライナ。止めて止めて止めまくったウェールズGKヘネシーの奮闘と、決勝O・Gをしてしまったウクライナ主将ヤルモレンコの、命を削るかの如き攻撃参加。豪雨の中の激闘は、両国国民はもちろん、世界のサッカーファンに長く語り継がれていくことだろう。
ともあれ、これでW杯に出場する32カ国が出揃った。個人的には、何としてもウクライナに頑張ってほしかったし、過去の歴史からして、出場はほぼ間違いあるまい、とも思っていた。82年のポーランド、98年のクロアチア……国情が不安定な国の躍進は、W杯に於けるエピソードの一つだからである。
だが、彼らは届かなかった。届かなかった以上、彼らのW杯は終わった。
通常ならば。
W杯予選で敗れた国のファンは、W杯本大会を見ないだろうか。ウクライナのファンは、そして予選から排除されたロシアのファンは、カタールからの衛星中継を黙殺するだろうか。
見る、とわたしは思う。
ならば、本大会の届かなかったウクライナのために、ユニホームのどこかに彼らの国旗をつけて戦うことはできないか。ウクライナを支える気持ちを表すために。誰の命を奪うことも、経済的に打撃を与えることもなく、それでいて、ロシアの人たちにウクライナを支持する声がこんなにも大きいのだと伝えるために。
前例はない。となれば、レギュレーションの問題など、乗り越えなければならない課題はあるだろう。それでも、わたしは多くの国がウクライナ国旗を胸に戦うW杯がみたい。政治的? 違う、これは反戦、それも侵略戦争に対する反対なのだ。
もし11月23日、日本とドイツの旨に黄色と青があったとしたら、それは、間違いなく全世界へ向けてのメッセージにもなる。どちらも、ユニホーム・サプライヤーはアディダス。越えなければならない障壁は、少しだけ、低い。
<この原稿は22年6月16日付「スポーツニッポン」に掲載されています>