27日、K-1ファイターの武尊(K-1GYM SAGAMI-ONO KREST)が都内で会見を開き、格闘家としての休養を発表した。期限は設けず、「心と身体のコンディションを正常に戻し、新しいチャレンジができたらという気持ちでいる」と語った。また「K-1を代表して敗れてしまった以上、K-1を代表する資格はない。次の世代にバトンタッチしたい」と、現在保持するK-1WORLD GPスーパー・フェザー級王座を返上した。

 

 日本格闘技界にとって歴史的一戦となった『THE MATCH2022』の8日後、会場となった東京ドームから徒歩数分の場所にあるホテルで武尊の会見は行われた。スーツ姿で登場した彼に、報道陣から無数のフラッシュが焚かれた。質疑応答の前に武尊は20分以上かけて、自らの想いを語った。

「試合は敗れてしまったのですが、東京ドームで超満員のお客さんの前で最高の相手と最高の試合をさせてもらった。ファンの皆様、関係者の皆様、そして対戦相手の天心選手、僕に関わってくれたすべての人たちに感謝したい」

 

 試合直後の記者会見では、『THE MATCH』実現への感謝の気持ちを述べ、「僕を信じてついてきてくれたファンの人たち、K-1ファイター、チームの人たちに対し、本当に心から申し訳ないと思っています」と謝罪し、その場を後にしていた。

「インタビューをまともに受けられず、僕の口から応援してくれている皆様にお礼を言うこともできなかった。試合後、たくさんの媒体の方にインタビューしてもらう機会もつくれなかったので、改めて会見を開かせていただきました」

 

 その会見で武尊は時折、声を詰まらせながら言葉を紡いだ。2022年6月19日、東京ドームで闘った那須川天心(TARGET/Cygames)との一戦は0-5の判定負け。リングを降り、控室までの歩みを武尊は、こう振り返る。

「僕の中でのイメージの敗者は、スポットライトを浴びずに静かに帰る。それがたくさんのファンが集まってきてくれて、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだったんですが、『ありがとう』という言葉をたくさんいただいた。その時のことは一生忘れない。この10年、勝ち続けてきた時にもらったどんな『おめでとう』よりもうれしかった」

 武尊にとってファンの存在は大きい。SNSには数多くのメッセージが届いたという。「みんなからの言葉やSNSのメッセージがなければ辞めていた。その言葉のおかげで前向きな決心がついた」と口にする。

 

「勝ち続けているからこそ自分に価値があると思っていた。負けてしまった僕に対しても変わらず応援し、信じてついて来てくれるファンがいる。その人たちの毎日のように『辞めないでください』『これからもずっと応援しています』という言葉をたくさんいただいた。その言葉をもらったことで僕も勇気を振り絞ることができた」

 今回発表した決断のひとつが「前向きな休養」だ。「この10年は無理しながらやってきました。1回、僕の心と身体のコンディションを正常に戻して新しいチャレンジできたらという気持ちでいる。ここで戦う舞台から離れようと思う」。K-1に憧れ、王者となって新生K-1を牽引してきた男は、無期限での休養を決意した。

 

 決断の理由は、身体も心も酷使してきたからだ。拳の腱の断裂、膝の内側側副靭帯と前十字靭帯の損傷、腰の分離すべり症と怪我に悩まされ続けた。数年前からは精神科にも通い、パニック障害と鬱病と診断されたことを明かした。「この機会にイチから治していきたい」と武尊。公表していない怪我や病も詳らかにしたのは以下の理由からだ。

「同じように苦しんでいる人もたくさんいる。僕が克服して復活する姿を見せることが、次の闘いと思っている。まずはしっかり勝って、元気な姿を見せられるように必ず復活したい」

 

 11年9月にプロデビュー以来、40もの白星を掴んできたが、『THE MATCH』で、プロ6戦目の京谷祐希(山口道場)戦以来の黒星を喫した。10年ぶりの敗戦は「大切なものに気付けた」という。

「毎日負けることが怖く、恐怖と闘っていた。心から格闘技を楽しめていなかった。負けるのは悔しいし、負けた自分は許せないが、自分の歪んでいた部分や負けに対するネガティブな気持ちはちょっと変わった。これでひとつ強くなれた。負けの価値観がいい意味で変わった。その恐怖がなくなった分、もっと思い切り闘えるし、これからもっと強くなれると確信しました」

 

 復帰後のプランについては、K-1か別団体のリングか、それとも噂される総合格闘技への転向もあるのか。武尊は「何の形にもなってないので、ここでは言いたくない」と明言を避けたが、「考えている目標はあります」と口にし、リングという戦場に戻ってくる可能性は否定しなかった。

「僕にはいろいろな可能性がある。心と身体を最高な状態にして、また改めて会見させていただきたい。その時にはみんながワクワクして心を躍らせてくれるようなお話ができたらいいなと思っています」

 

 ひとまずは戦場から離れる決意をした武尊。“向こう傷は男の勲章”かもしれない。だが彼の「これからの人生を考えた時、心と身体を治さないと、この後の人生が壊れてしまう」という言葉は重い。先にも触れたように「新しいチャレンジ」が何を指すかは、まだわからない。ただ傷だらけの戦士が選んだ「休む」という道を今は尊重したい。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

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THE MATCH2022レポート(2022年6月19日更新)