名を売るには十分な“スカ勝ち”だった。今年4月、東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで行われた格闘技イベント『RIZIN TRIGGER 3rd』のオープニングマッチを任された大谷翔司(スクランブル渋谷)は、力也(士魂村上塾)を1ラウンド2分52秒で仕留めた。

 

 試合は63.5kg契約のキックボクシングルールだったが、大谷はINNOVATIONライト級(-61.23kg)王者に対し、力也はMA日本ウェルター級(-66.67kg)王者のファイターである。本来は2階級上の相手との対戦だった。

 

 先に攻勢をかけたのは大谷だ。パンチを顔面に打ち込み、相手をケージ際に追い詰めた。ところが1分57秒、カウンターの左フックを食らい、マットに尻餅をついたのは大谷だった。カウント5で立ち上がり、7がコールされた後にファイティングポーズをとった。

 

 形勢逆転とばかりに前を詰める力也に対し、大谷は右のストレートを見舞いダウンを奪い返す。立ち上がった力也のアゴに右ストレートを炸裂し、再びダウン。最後は連打で力也をマットに沈めた。

 

 3ノックダウンでのTKO勝ち。リング上で「まだまだ上を目指し、この階級のトップ選手とやりたいと思っているので陸上自衛隊徒手格闘訓練隊出身の大谷に注目してください!」とアピール。ナンバーシリーズの登竜門的な位置付けではあるものの、『RIZIN』デビューを鮮やかな逆転劇で飾った。

 

 茹だるような暑さの6月下旬。渋谷駅から徒歩5分の場所にあるスクランブル渋谷を訪ねた。練習前に大谷は「今までに比べると、反響は大きかったので良かったです。ただ目指しているところはもっと上。もっと有名になりたいし、もっと強くなりたい」と胸の内を語った。この日はシャドー、スパーリング、ミット打ちなど精力的に身体を動かしていた。ミット打ちでは肘打ちの練習も見られた。

 

 次戦は既に決まっている。7月23日、後楽園ホールでの『KNOCK OUT 2022 vol.4』。大谷はラジャダムナンスタジアム認定ライト級王座を含む8つのベルトを手にした“日本ムエタイ界の至宝”梅野源治(PHOENIX)と対戦する。KNOCK OUT-RED-61.5kg契約。REDは肘ありで、「相手の土俵」とまでは言わないが、簡単な戦いにならないことは容易に想像できる。

 

 所属ジムの増田博正代表は、今回の梅野戦が格闘家人生のターニングポイントになることを期待する。

「これまで大谷は格上の相手に対し、接戦に持ち込むことはできても勝ち切ることができていない。梅野は日本ムエタイ界のトップ。勝てば一気に評価を上げ、ライト級戦線の上位に名を連ねることができる。本人にも『踏み台になるのか、ビッグサプライズを起こして名を上げるのかのどっちかだよ』と問いかけています。大谷が殻を破るには絶好の相手です」

 

「3秒で回復した」打たれ強さ

 

 5月下旬に行われた対戦カード発表会見、大谷と梅野は互いに冷静な話しぶりが目立った。静かに闘志を燃やしているようにも映った。「格闘家全員をリスペクトしている。だからといって過剰に相手を評価しているわけでもありません」と大谷。当然、勝利を譲る気はさらさらない。

 

 大谷は会見で「僕はパンチ、梅野選手はヒジ、一発で終わらせる力を持っていると思うので、スリリングな試合を見せたい」と語ったように、自身の長所に打撃、特にパンチ力を挙げる。

「過去の試合でもパンチで倒しているシーンが多い。パンチをどう当てていくかが自分のスタイルです」

 増田代表も「当て勘があり、カウンターを合わせるのがずば抜けて巧い。自衛隊の徒手格闘訓練隊で日本拳法をやっていたので、そこで鍛えられたんでしょうね」と評価する。

 

 パンチ力、当て勘に加え、もうひとつの長所が打たれ強さだ。

「フィジカルの強さ。ガッツリ効かされたことがない」と大谷。先述した4月の『RIZIN』で1ラウンドに食らった左フックは「効かされた」と言うが、試合後のインタビューでは「3秒で回復した」と振り返ったのだから驚いた。

 

 この点について、増田代表の見方はこうだ。

「首が柔らかいのだと思います。首が硬いとダメージを受けてしまう。2階級上のパンチをまともにもらいながらフラッシュダウンのようにすぐ立てるんだから、その打たれ強さは天性のものかもしれませんね」

 

 では単に打たれ強いだけなのか。本人に詳しく聞いた。

「ディフェンスが下手だと思われがちですが、意外といいパンチをもらっていないんです。目も悪くなく、もしかしたらちょっとポイントをずらすセンスがあるのかもしれません。自衛隊時代の日本拳法は面を付けて戦います。面を付けていると安心感があるので、今思うと、そこでパンチをもらう練習ができていたのかもしれません」

 

 大谷のファイターとしての礎となっているのが、高校卒業後からの約5年間、自衛隊時代である。中学・高校は野球部だった彼は、どうやって格闘技と出合い、自衛隊に入隊したのか――。

 

(第2回につづく)

 

大谷翔司(おおたに・しょうじ)プロフィール>

1991年1月12日、愛媛県北宇和郡松野町生まれ。小学1年時にスポーツ少年団でソフトボールを始め、中学・高校は野球部に所属した。高校卒業後は陸上自衛隊に入隊。約5年間歩兵部隊に配属される、徒手格闘訓練隊で鍛錬を積んだ。23歳の時にプロ格闘家になることを決意し、自衛隊を退職。アマチュアで14戦12勝2分けと負けなしで、「第13回J-NETWORKアマチュア全日本大会~秋の陣~」で優勝を果たした。15年に上京後はスクランブル渋谷で鍛え、16年4月プロデビュー。20年8月のINNOVATIONライト級王座決定戦で紀州のマルちゃんを破り王座獲得。21年12月には紀州のマルちゃんと再戦を行い、1ラウンド1分21秒KOで初防衛に成功した。プロ通算15勝7敗3分け。身長178cm。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 


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