脳震盪。大会中にやってしまったら、その選手のW杯はほぼ終わる。やったことのない選手は少ないだろうし、やった経験のある者であれば、最低でも12日間の休養が義務づけられている。トレーニングが開始できるのは休養期間が明けてから。つまり、復帰が可能になるころには、ほとんどの場合、大会は終わっている――ラグビーの場合は。

 

 いろいろな資料を漁ってみたのだが、サッカーの場合、脳震盪に関する明確なルールは定められていないようだ。日本サッカー協会のサイトには「脳震盪からの復帰プログラム」が掲載されているものの、6段階に分けられたステージに、どれだけの時間が必要なのかまでは記されていない。

 

 日本時間の9日未明、シュツットガルトの遠藤が相手選手との接触で脳震盪を起こし、担架で運び出された。ドイツ「キッカー」誌によると、接触直後の遠藤は長い時間ではなかったものの、一時は完全に意識を失っていたという。W杯初戦のドイツ戦まであと2週間弱。ラグビーのルールを当てはめたとしたら、出場は絶望的である。

 

 もちろん、サッカーとラグビーでは競技特性も違えば、脳震盪の起きる頻度も違う。ただ、かつては軽んじられていたこの症状が、いまではサッカーの世界においても極めて深刻視されているのは事実であり、たとえ本人が出場を熱望しようとも、それは許されない時代になってきている。

 

「キッカー」誌には、シュツットガルトのスポーツディレクターによる「(遠藤が)W杯への参加が危険にさらされないよう望んでいる」とのコメントも掲載されていた。明らかな軽症であれば、関係者がこんなコメントを残すはずもない。いまは、このコメントが遠藤を、自軍の大黒柱を愛するがゆえの取り越し苦労であることを祈るばかりである。

 

 実を言えば、今回は負傷離脱の中山に代わって招集された町野について書くつもりだった。最終メンバー発表の直前に行われたJリーグで2得点をあげる気持ちの強さ。3部リーグから始まった実質的なキャリア。身長もタイプもまるで違うが、ジュビロ磐田でもプレーしたイタリア代表のスキラッチをダブらせずにはいられなかったからだ。

 

 大会直前にメンバーに招集されたスキラッチは、初戦のオーストラリア戦、後半途中からの投入で決勝点をあげると、第3戦からは先発の座を掴み、見事大会得点王にも輝いた。

 

 おそらく、町野の出場時間も、スキラッチ同様相当に限られたものになり、また、出場するとすれば状況は日本にとって厳しいものが想定される。後にスキラッチは大会での自身の活躍について「見えない何かが後押ししてくれたようだった」と語っていたが、同じことが町野の身に起こることを期待したい。

 

……というのは森保監督も変わらぬ願いのはずだが、正直、いまはそれどころではあるまい。もし、万が一遠藤が戦線を離脱するようなことがあれば、積み上げてきた構想や設計は、大幅な変更を余儀なくされる。中盤の遠藤と守田。この2人は、何があっても揺るがないチームの根幹だったはずだからである。

 

 嘆いていても仕方がないことはわかっている。いまは、このコラムが掲載されている紙面のどこかに、「遠藤、問題なし!」という大見出しが打たれていることを、やっぱり、祈るしかない。

 

<この原稿は22年11月10日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


◎バックナンバーはこちらから