もしわたしがシャルケを愛してやまない、ただし日本人のファンだったとしたら、ブチ切れていた。

 

 吉田、なぜ追わん!?

 

 先週末に行われたブンデスリーガの第15節。0-1で迎えた後半5分、シャルケはバイエルン陣内深くでのFKを得た。高さで相手を脅かすべく、吉田もゴール前に位置取った。

 

 ところが、FKはあっさりとカットされ、そこから一気のカウンターが始まった。懸命に戻るシャルケの選手たち。だが、なぜか吉田のスピードがあがらない。いや、はっきり言えば吉田のスピードだけがあがらなかった。

 

 見方によっては怠慢とも受け取られかねないプレーだったが、スコアが0-2となったこの場面、ドイツのメディアで吉田の動きに着目したところは見当たらなかった。分からないでもない。吉田が追ったところで、絶対に追いつけないのは明らかだった。「それでも追うべきだ」と考えてしまうのは、むしろ日本人ぐらいかもしれない。

 

 ただ、フィッシャーにもアブラムチクにもリュスマンにもまるで惹かれなかった日本人であるわたしは、怠慢だとは思わなかったものの、看過することもできなかった。

 

 吉田は、ミタ?

 

 敵陣深くでのセットプレー。そこから食らった一気の逆襲。自陣に向けて突進する赤いユニホーム。わたしは思い出したし、吉田が思い出さなかったはずはない。W杯ロシア大会でのあの悪夢を。

 

 4年前の7月2日、ベルギーに食らったカウンターは、ほとんどの日本人選手が経験したことのない超高速の、かつ極めて組織的な一撃だった。敵陣でのCKに参加していた吉田には、発動した瞬間から、できることは何もなかった。

 

 それからの4年間、吉田が考えなかったはずはない。あのとき、何かできることはなかったか。どうにかして食い止めることはできなかったか。

 

 そのヒントが、類似例が、目の前に出現した。しかも、バイエルンのカウンターを構成する選手のほとんどは、23日に対戦するドイツ代表の選手でもある。

 

 ほんの一瞬、吉田はシャルケの選手であることを辞めたのではなかったか。辞めて、日本代表の選手になったのではなかったか。なって、フィールド内から鳥瞰するカウンターのさまと肝を密かに目に焼き付けようとしたのではなかったか。

 

 バイエルンの高速カウンターを経験した日本人選手は、もはや珍しい存在ではない。ただ、迎撃する立場ではなく、フィールド内からカウンターの一部始終を目撃した日本のCBは、いまのところ吉田ひとりしかいない。

 

 この経験は、間違いなく日本の財産となる。

 

 喉元を過ぎてしまえば熱さは忘れられる。まして、今回のW杯に臨む日本代表に、4年前のベルギー戦を経験している選手は多くない。知識としては知っていても、奪われてはいけないゴールがこじ開けられるさまを、ピッチの中で目撃させられた人間は多くない。

 

 だが、W杯前最後のリーガでバイエルンと対戦したことで、少なくとも吉田のカウンターに対する警戒心は、頂点にまで高められたはず。知っていてもやられることはあるが、知らないよりは遥かにマシ。来週の水曜日、日本がドイツのカウンターを許す可能性は、少し、しかし確実に減少したとわたしはみ……たい。

 

<この原稿は22年11月17日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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