(写真:2007年に開催された電動車椅子サッカーのW杯の様子)

 カタールでFIFAワールドカップ(W杯)が開幕しました。録画した試合を見るのが楽しみな日々です。

 

 W杯といえば、2007年に東京で「FIPFA World Cup Japan October 2007(第1回 FIPFA ワールドカップ 2007)」が開催されたことを思い出します。電動車椅子サッカーのW杯です。

 参加国は、FIPFA加盟の7カ国。選手や監督、コーチ、チームスタッフなど総勢約200名という、電動車椅子サッカーの大会としては初めての世界最大規模の国際大会でした。

 

 遡ること約20年前の2003年、初めてこの競技の全国大会のライブ中継を行いました。このことがきっかけで、2005年にNPO法人STANDを設立。そのせいで(お陰で!)私は金沢から東京に引っ越してきました。あ~もう20年も経ったのです。

 

 現在の協会会長の吉野忠則さんと出会ったとき、金沢ベストブラザーズというチームで審判をしていらっしゃいました。

<一人の電動車椅子サッカー選手と知り合ったのをきっかけに、この競技のお手伝いをすることになったのですが、障がい者が何か行動を起こそうとするには、準備や後片付けに時間がかかること、健常者の手助けが必要なことなど、初めて分かったことが多くありました。健常者と障がい者がお互いを理解していくためには、交流の機会を増やすことが重要です。電動車椅子サッカーにはそのための大きな力があると信じています>(日本電動車椅子サッカー協会ウェブサイトより

 

(写真:インターネットライブ中継時のトップページ)

 当時、吉野さんのお話をなんとなく分かったような感じでお聞きしていました。そして、この競技に、いえ、パラスポーツに深く関わる気持ちはありませんでした。しかしその後、初めて中継を実施した際にいただいた「おまえら、障がい者をさらし者にしてどうするつもりだ!」というご批判。これに大きな違和感を持ったことから、私はパラスポーツにのめりこんでいきました(第40回 “さらし者”という言葉から見える社会)。

 

 中継の現場で、当時協会会長だった高橋弘さんをはじめ全国の選手から、「W杯を日本で開くのが夢だ」と聞きました。“そうか、W杯はもともとあるものではなくて、創るものなんだ”と興奮したことを覚えています。ぜひお手伝いを、とさらにのめり込みました。そして、私たちにできることは、全試合の生中継だ、と考えたのです。会場内にスペースを用意していただき、そこに機材を持ち込み、中継本部を設置しました。試合の中継、選手のインタビュー、たくさんの写真で綴ったアルバム。出場各国選手の関係者からの応援動画の投稿も掲載しました。お金がかかって泣きそうでしたが、夢中でした。

 

 電動車椅子サッカーは重度障がいのある人のスポーツとして始まりました。脳性まひや筋ジストロフィーなど、場合によっては命が短い人もいます。毎年の大会には、チームの仲間がその年に亡くなった選手の遺影を携えて開会式に臨むことも少なくありません。

 

(写真:出場各国の選手・関係者から応援メッセージが届いた)

 総勢200名の晴々とした笑顔で始まった第1回W杯。中継本部に一人の女性が、遺影を持って訪ねてきました。「日本代表を目指していました。この大会に出たかったことでしょう。ここから、試合を見せてもらえませんか」。遺影は数カ月前に亡くなったご子息のものでした。期間中、中継本部に掲げました。

 

 大会終了後、中継本部の撤収作業をしていると、先ほどの女性が来ました。「ここからだと、全部の試合が見られたから。息子は喜んでいると思います。でも本当は出たかったろうな」とおっしゃって、遺影を持ってお帰りになりました。

 

 私の活動はスポーツ推進ではありません。なんでもいい、すべての人がしたいことに思いっきりチャレンジできるように、と願い続けているのです。W杯という言葉を耳にする度に、このことを思い出します。

 

 先日、ワクチンを打ちました。発熱と激しい倦怠感の中、W杯の録画を見て元気を出しています。ガンバレ、ニッポン!

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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