2020東京五輪・パラリンピックを巡る汚職・談合事件が世間を賑わせている。そこで2023年新春特別企画として、日本陸上競技連盟の会長を14年間務めるなど長年、日本のスポーツ界をリードしてきた河野洋平元衆議院議長に、当HP編集長・二宮清純が問題点を聞いた。

 

※インタビューは2022年11月下旬に実施

 

二宮清純: 2021年夏に開催された東京五輪についての率直な感想をお聞かせください。

河野洋平: 前回の東京五輪は、20代の時でした。当時を思い出すと、五輪が終わった後、日本人として誇らしい気持ちになった。ところが今回の東京五輪は、そうした思いが薄いように感じますね。東京が2度目の五輪招致を始めた当時は都民もそれ程強い関心があったとは思われません。石原慎太郎都知事は「コンパクト」とか「世界平和」をスローガンにしていましたが、当初目指していた16年大会の招致に敗れ、20年大会の招致を目指す中で都知事が何人も代わっていました。そのたびに元の日本の主張が薄れ、スローガンが見えづらくなって、国内で“何のための五輪だ”と言われるようになったのだ、と思います。

 

二宮: 石原さんが招致に乗り出した時は「環境五輪」だったのが、「震災からの復興」に変わり、いつの間にか「コロナに打ち克った証」と変わっていきました。スローガンがコロコロ変わるというのは、逆に言えば芯がなかったとも言えます。スローガンは後付けのようにも感じられました。

河野: はっきりとしたスローガンがなく、とにかく招致ということになり、いつしか組織委員会に政治がなだれ込むようになって、総理大臣まで担ぎ出された。そして組織委員会の性格は、どんどん変わっていったような気がします。会長や理事をどう選んだかも一般にはよくわからない。今回起きたスキャンダルも誰がどうチェックするのか全く機能が働かなかったのは何故か、という疑問が残りますね。

 

二宮: 76年モントリオール五輪でIOC(国際オリンピック委員会)の金庫はほぼ空っぽになり、84年ロサンゼルス五輪から商業化への道を歩み始めたと言われています。しかし、あの頃はまだ健全でした。開催資金を賄うために市民から税金を徴収することはありませんでしたから。

河野: そうですね。ロサンゼルス五輪は、まだ商業主義が筋を通していたように感じます。ソロバンをちゃんと弾いて開催した。しかし、その後は商業主義の名の下に運営に筋がなく放漫経営が目につくようになりました。競技種目は増加し、資金が入るからと、どんどん間口を広げていった。もう一度、原点に戻る必要があると思います。

 

 札幌五輪の必然性

 

二宮: 五輪の主催者はあくまでもIOCです。東京都とJOCは開催都市契約を結んでいるパートナーに過ぎず、生殺与奪の権はIOCが握っています。

河野: 私が関わっていた陸上競技では、WA(World Athletics=国際陸上競技連盟)が相当強い権限を持っています。日本で五輪開催の際にも、IOCやWAから非常に注文が多かった。「日本の夏は暑いから」と言っても強行する。その上、今度は“鶴の一声”で「それならマラソン・競歩だけ北海道」というようなイレギュラーな指示を平気でする。それほど力の強い組織なんです。

 

二宮: そこで問われるのが交渉力です。これが日本には決定的に欠けていると感じました。小池百合子都知事も途中から何も言わなくなった。

河野: あれだけ拝んで頼んで「やらせてください」と言ったら、交渉力は弱くなりますよね。同等の立場であれば、もう少し交渉の余地もあるのでしょうが、「何が何でもお願いします」というような姿勢ではダメですね。サッカーは2002年に日本と韓国でW杯を共催しましたが、今後は五輪を含めビッグイベントはそういうかたちにならざるを得ないと思います。

 

二宮: 実際にカタールの次のW杯はアメリカ、カナダ、メキシコの3カ国共催です。五輪でも26年の冬季大会はイタリアのミラノとコルティナダンペッツォで行われます。

河野: それがひとつのかたちになってきましたね。あとは肥大化をどうするか。私はW杯を見ていると、必ずしもサッカーは五輪競技になくてもいいのではないかなと思うんです。サッカー選手が名誉をかけて戦う頂点の大会はW杯ですから。同じように見直すべき競技はあるかもしれない。

 

二宮: ところで現在、30年の冬季大会に札幌市が招致に名乗りを上げています。ライバルのバンクーバー(カナダ)は地元ブリティッシュコロンビア州が招致への反対を表明しており、ソルトレイクシティ(アメリカ)は28年ロサンゼルス夏季大会から1年半後。「また米国か」という声もある。IOCの意中の都市は札幌だと感じます。

河野: これだけ日本に問題があるとどうなるかわかりませんが、私は札幌五輪については、必然性があると思っています。真駒内にある施設は十分に使える。札幌、北海道のまちづくりにも貢献できる。問題はどのようにやるかです。形式だけの組織委員会を排して責任をもって仕事をする組織を作り、大会をきちんと運営をしていく。透明性を担保しながら、皆が納得できる開催を目指さないといけません。招致した市長が全面に出ていく必要もあると思いますね。

 

(後編につづく)

 

河野洋平(こうの・ようへい)プロフィール>

1937年、神奈川県出身。55年、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学し、在学中は競走部に所属した。59年卒業後、丸紅飯田(現・丸紅)に入社。67年に衆議院議員に初当選を果たす。以降14期連続当選。09年7月の政界引退まで内閣官房長官(宮沢内閣)、自民党総裁、副総理・外相(村山富市内閣)、衆院議長などを歴任。またスポーツ界との関わりも深く、99年には日本陸上競技連盟会長に就任し、2013年6月まで7期務めた。15年には国際陸上競技連盟(当時IAAF。現WA)から陸上界の功績が認めら、シルバー勲章(シルバー・オーダー・オブ・メリット)を受章した。


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