2020東京五輪・パラリンピックを巡る汚職・談合事件が世間を賑わせている。そこで2023年新春特別企画として、日本陸上競技連盟の会長を14年間務めるなど長年、日本のスポーツ界をリードしてきた河野洋平元衆議院議長に、当HP編集長・二宮清純が問題点を聞いた。

 

※インタビューは2022年11月下旬に実施

 

二宮清純: 近年、IOC(国際オリンピック委員会)は商業主義を超えて拝金主義に陥っているような印象を受けます。

河野洋平: 同感です。スポーツに関わってきた立場からすると、行く末がとても不安です。二宮さんは五輪競技になる可能性もあると言われるeスポーツについてはどう思いますか?

 

二宮: eスポーツについては、「スポーツのカテゴリーに入れていいのか?」という意見もありますが、私は年齢、性別、体格の差に影響を受けないところは良い面だと思っています。例えば障がい者が健常者と同じ条件で対戦することができ、勝てば障がい者が自信を持つきっかけにもなり得る。ただ、それを五輪競技に採用するかどうかというのは別問題だと思っています。

河野: 身体活動を伴わないスポーツを「スポーツ」と呼ぶことに、私は若干、違和感があります。挫折や失敗をも乗り越え、日々努力を続けるアスリートの闘いぶりは、人々の心を動かします。オリンピックでも、つい先日のワールドカップサッカーでも日本中が沸きました。それはスポーツで鍛えた心と身体、その人のすべてを使って表現されるものだからではないでしょうか。

 

二宮: 2024年開催予定のパリ五輪ではブレイクダンス(ブレイキン)が新たに加わり、一昨年の東京五輪ではスケートボードなど、いわゆる「ストリートスポーツ」と呼ばれる競技が採用されました。若者に向けてアピールしたいIOCの思惑が見て取れます。

河野: そういった新しい競技で全体が活性化されることは悪いことではありません。ただ私はすこし前から“スポーツは金になる”という見方が強くなってきたことを懸念しているのです。

 

二宮: 「近代の五輪の父」と呼ばれるピエール・ド・クーベルタンが1927年に「もし輪廻というものが実際に存在し、100年後にこの世に戻ってきたなら、私は自分が作ったものすべてを破壊することでしょう」という言葉を遺しています。その意味では五輪の寿命が近付いてきていると言えるかもしれません。

河野: 肥大化した大会規模を含め、明らかに全体を見直す時期にきているでしょうね。

 

 箱根駅伝の問題点

 

二宮: 国内のスポーツに目を向ければ、陸上の人気コンテンツのひとつが箱根駅伝です。箱根駅伝は1月2、3日。今や新春の風物詩となっています。陸上の底辺拡大に役立っているのはその通りなんですが、一方で有望な高校生の長距離ランナーが関東の大学を目指す余り、一極集中に拍車を掛けている面も否定できません。地方分権、地方主権ともう何年も前から政府は唱えていますが、ならばまずは箱根駅伝から手をつけてもらいたい。

河野: おっしゃる通り、首都圏一極集中という社会的な問題を頭に入れながら、その象徴的事象ともいえる箱根駅伝を今後どのようにしていくかという視点は大変重要です。全国高校駅伝で活躍した選手が、関東だけでなく、地方大学にも目を向けるような施策を講じることが必要でしょう。地方の大学でも強いチームがつくれるはずです。次の箱根駅伝100回大会は関東以外の大学も予選会に参加できるようですが、一回きりでは何の効果もないでしょう。10年掛けて全国を平準化するために、どのような手を打つか。

 また、日本学生陸上競技連合(日本学連)が主催している名古屋開催の全日本大学駅伝を、それにふさわしくアピールし、選手たちが目指したいと強く思える大会にすることはできないでしょうか。例えば、今のスタートとゴールを逆にして、名古屋の目抜き通りでフィニッシュさせるなど、大会を盛り上げるための知恵を絞ったらいい。それと、箱根駅伝が生み出す経済的な果実が、大学スポーツ、大学駅伝の発展のためにもっときちんと活かされるべきです。それによってスポーツはさらに強くなり、その価値も高くなる。

 

二宮: ところで最近は社会全体が内向きになっているような印象を受けます。これは日本だけに限った話ではありません。とりわけ権威主義国家はスポーツを国家事業と位置付け、国威発揚に利用している。そうした国とIOCが共同歩調をとっているのも困りものです。

河野: ナショナリズムは必要なことかもしれませんが、内向きのナショナリズムはマイナスの事象を引き起こす恐れがあります。私は国際的ナショナリズムが必要だと考えます。国際的に開かれた場所で、説明のできるナショナリズムのことです。そういうメッセージを発する必要があると思います。内向きに発言しているだけではダメ。その主張が国際会議の場で、周囲を納得させることができなければいけないと考えます。

 

(おわり)

 

河野洋平(こうの・ようへい)プロフィール>

1937年、神奈川県出身。55年、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学し、在学中は競走部に所属した。59年卒業後、丸紅飯田(現・丸紅)に入社。67年に衆議院議員に初当選を果たす。以降14期連続当選。09年7月の政界引退まで内閣官房長官(宮沢内閣)、自民党総裁、副総理・外相(村山富市内閣)、衆院議長などを歴任。またスポーツ界との関わりも深く、99年には日本陸上競技連盟会長に就任し、2013年6月まで7期務めた。15年には国際陸上競技連盟(当時IAAF。現WA)から陸上界の功績が認めら、シルバー勲章(シルバー・オーダー・オブ・メリット)を受章した。


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