阿部恵(アルカス熊谷/愛媛県松山市出身)最終回「スクラムハーフへのこだわり」
ARUKAS QUEEN KUMAGAYA(アルカス熊谷)に所属する阿部恵は、時にウイング(WTB)で起用されることもあったが、スクラムハーフ(SH)を主戦場にしてきた。女子ラグビー日本代表(サクラフィフティーン)でも当然、背番号「9」にこだわる。スタメンから外れれば悔しがり、リザーブでは素直に喜べない。
それは「SHはチームの中心」という考えがあり、その役割を担いたいとの思いから起因するのだろう。阿部の根っからの負けず嫌いが顔を覗かせたのは2022年夏、サクラフィフティーンの国内テストマッチ4連戦「太陽生命JAPAN RUGBY CHALLENGE SERIES 2022」でのことだ。
1、2戦目の南アフリカ代表戦は先発で起用されたものの、3戦目のアイルランド代表戦、阿部に渡されたジャージーは「21」。先発のSHが付ける「9」は1学年下の津久井萌に渡った。
「それが悔しくてヘッドコーチ(HC)のレスリー(・マッケンジー)さんに『何でですか?』と聞きに行きました」
SHはチームの心臓である。身体に血液を送り出すようにパスを循環させ、攻撃を活性化する役割が求められる。FWとBKの繋ぎ目に位置し、チーム全体をコントロールしなければならない。数ある選択肢の中から最適解を選び、実行するのがSHの仕事だ。ただ闇雲にパスを供給し続ければいいというわけではない。
「自分がパニックになっているということは、みんなも何をしていいか分からなくなっている可能性がある。一旦落ち着かせるようにテンポを落としたりします」
そう冷静にピッチを見渡されるようになったのも最近になってからだ。学生時代は「何も考えずにプレーしていた」と本能のままに動いていた。他チームや違うカテゴリーの試合を観ていても、自然と目はSHを追いかけている。
「SHがよく声を出し、動いているチームは強い。自分もそういう選手になりたいです」
それぞれに居場所や出番があるのが「ラグビーの魅力」だと阿部は言う。
「15人それぞれの役割がある。身体が小さくてもできるポジションがある。チームの誰よりもパスが上手ければ、SHに入れる可能性がある。自分の性格や身体に合ったポジションで活躍できることがラグビーの魅力だと思います」
自分にとっての居場所や出番がSHであり、その一番手である背番号「9」にこだわりを見せるのだろう。
阿部の身長は147cm。身体が小さくともボディコンタクトを厭わないプレーヤーとはいえ、そのサイズは長所にも短所にもなり得る。本人はどう捉えているのか。
「小さいことにコンプレックスはありません。海外の記者の方たちも私が小さいから注目してくれた部分もある。みんなと同じくらいのサイズだったら、パスを強みにしなかった。だから今は小さくても良かったと思います」
25年W杯への想い
2023年となり、日本女子ラグビー界も次のW杯に向けて新たな動きを見せている。マッケンジーHCの続投が決まった。マッケンジーHCは阿部を初めて代表に呼んだ指揮官であり、彼女のことを高く評価しているのはW杯前に発した以下のコメントからも明らかだ。
<「世界を驚かせるはず」>(『ラグビーマガジン』2022年10月号)
その言葉通り、阿部はイギリスのラグビー専門誌である『ラグビーワールド』による大会ベストフィフティーンに選ばれたのだった。
マッケンジーHC続投のニュースを聞き、「また一緒にラグビーしたいと思いました」と阿部。「すごく熱い人。選手一人ひとりに寄り添ってくれるHCだと思います」。昨年秋、ニュージーランド入りする前の国内合宿、レスリーHCから練習後に呼び出され、こう声を掛けられたという。
「私は十分できることを知っているから焦らなくていい。いつも通りやってくれればいいから」
阿部にとっては初のW杯を控えていた。自身では気付かぬところで焦りを感じていたのかもしれない。「ちゃんと見てくれているんだなと感じました」。厚い信頼を寄せるHCの続投は朗報と言っていいだろう。
指揮官の続投が決まった一方で、鈴木彩香、南早紀といったサクラフィフティーンを支えてきた選手たちが、引退を発表した。鈴木はアルカス熊谷の先輩にあたる。
「彩香さんはアルカスで一緒にラグビーしていたので、本当に大変お世話になりました。ラグビーに必要なことはもちろん、人生についても必要なことをたくさん教えてくれました。たくさん怒られましたが、今の私があるのは彩香さんがプレーでも言葉でも教えてくれたからだとも思っています」
成長した姿を見せることが先輩への恩返しになるはずだ。恩返しの想いは故郷にもあるはずだ。2月18日、地元愛媛でラグビー体験&練習会「ガールズラグビーチャレンジ」に講師とて参加する。阿部は「地元愛媛のイベントには県外に出てから初めての参加になります。声をかけてくださったのも嬉しいので、女子ラグビーの普及に繋がるようにしたいです」と意気込んでいる。
立正大学卒業後は埼玉県熊谷市に本部を置く外食関連事業を運営するアールディーシー(RDC)に就職し、マーケティング部に所属している。同社が運営する飲食店や新商品などを宣伝したり、広報戦略を練ったりするのが業務だ。アルカス熊谷のオフィシャルスポンサーでもあるRDCだけあってラグビーへの理解も深く、ラグビー中心の生活を送れているという。選手として阿部が活躍すれば会社の宣伝にもなる。それもまたモチベーションのひとつだ。
昨年経験した初のW杯。阿部はニュージーランドから収穫と課題を持ち帰り、次の一歩を進めようとしている。
「最後のイタリア戦を終えて何も残せなかった。その時に“もう一回、次のW杯を目指したい”と思った。“でも次は目指すだけではなく、結果を残さないといけない”とも」
次のW杯は3年後、ラグビーの母国イングランドで行われる。
27歳の年に迎える檜舞台。サクラフィフティーンでの役割も変わってくるだろう。チームを引っ張っていく存在にならないといけない自覚は芽生えつつある。
「今までより経験値も増えたし、年齢も上がってきているので自分のことだけにならず、周りのことも見て、コミュニケーションをとっていきたいです」
今後に向けては、「フィジカルもアップしたいし、経験値ももっと増やしたい」と語る。まだ自身は苦手とする「ゲームコントール、駆け引き」を磨くことでSHとしての練度を高めていく。チームを勝たせる存在なるために――。
(おわり)
<阿部恵(あべ・めぐみ)プロフィール>
1998年4月28日、愛媛県松山市出身。小学4年時に北条ラグビースクールで競技を始める。北条北中学、石見智翠館高校、立正大学を経て、アルカス熊谷でプレー。19年7月のオーストラリア代表戦で日本代表初キャップを記録した。22年に行われたラグビー女子W杯ニュージーランド大会に出場、3試合スタメンでプレーした。イギリス・ラグビーワールド誌が選ぶ大会ベストフィフティーンに選出された。通算14キャップ(2023年1月現在)。身長147cm。
(文・写真/杉浦泰介)