秀野由光(神奈川大学体育会水泳部/愛媛県松山市出身)第1回「“過去の自分に負けたくない”」
昨年の日本学生選手権水泳競技大会(インカレ)で背泳ぎ2冠(100m、200m)を達成した秀野由光(しゅうの・ゆみ)は、神奈川大学3年生。この4月で最上級生となるスイマーは、7月に福岡マリンメッセで開催されるFINA(国際水泳連盟)世界水泳選手権大会の日本代表入りを目指している。
彼女が目標をクリアするためには、4月に東京アクアティクスセンターで行われる日本水泳競技選手権大会・競泳競技で、派遣標準記録を突破し、上位(最大3枠)に入る必要がある。選考基準を満たさなければいけない。高校1年時に初めて出場した日本選手権は、今大会で7回目。これまで50m、100m、200mの3種目にエントリーしたが、一度も優勝はない。昨年インカレ2冠を果たした秀野には当然、上位進出が期待されている。
秀野は「選手権では涙を流していることが多いので、怖いしプレッシャーもあります」と正直な気持ちを口にする。
「選手権は自分との闘い。何を目標にしているかを自分で立てないと闘うのは難しいと思います」
そして何より、彼女の胸の内には“過去の自分に負けたくない”という想いがある。
神奈川大水泳部の横山貴コーチは、秀野の長所をこう評する。
「由光の良さは泳ぎのリズム。彼女を初めて観た時から(女子200m背泳ぎ世界記録保持者の)レーガン・スミス選手(アメリカ)に近いと感じていました。実際に練習を見ていると、すごく勤勉です。目標を持ったことに対し、きちんと遂行できる。責任感が強く、真面目な選手ですね」
秀野自身、「自分は天才ではない。天才の人たちに勝つためには、その人以上に考え、その人以上の努力をする必要があると思っています」とコツコツ練習を積むことを厭わない。
「水泳でリフレッシュ」
勤勉な一面は、部員からも聞こえてきた。選手たちをサポートするマネージャーの新酒怜之介(2年)によれば、「由光先輩は人一倍努力家です。レースで勝ったり、取材を受けたりしても驕り高ぶることはありません」と語っていた。また彼女の真面目な人柄はこんなところにも表れている。ある水着メーカーの担当者に聞くと、「大会の会場に行くと、こちらより先に気付いてくれて挨拶しに来てくれますし、すごく誠実な印象があります」と答えた。
秀野自身も「どんなに結果を残しても感謝を忘れずにいたい」と謙虚な姿勢を大事にしている。
「世界一になったら天狗になってもいいかもしれませんが、世界一速いタイムを出したとしても次は出せるかわからない。一度出した記録は過去。過去のことで天狗にはなれない。私の中ではそう思っています」
競泳やシンクロナイズドスイミング(現・アースティックスイミング)の選手の中には「陸上より水中の方が楽」という独特の感覚を持つ者がいると聞くが、秀野にも似た部分があるようだ。
「泳ぐことは好きです。他でストレスがあったり、嫌なことがあっても、泳いでいる時は、そのことを考えずにいられる。水泳でリフレッシュできていると思います」
そんな彼女が水泳を始めたのは3歳の時。秀野に聞いて驚いたのが、当初は「水が苦手」だったことだ。本人にその記憶はないが、地元の五百木(いおき)スイミングクラブに入ったばかりの頃、泣きながらプールに入ったこともあったという――。
(第2回につづく)
<秀野由光(しゅうの・ゆみ)プロフィール>
2001年4月22日、愛媛県松山市出身。3歳の時に五百木スイミングクラブで水泳を始める。垣生中学、新田高校時代には全国大会に出場。高校3年時には熊本での全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の女子100m背泳ぎで準優勝した。19年に神奈川大学に進学。2年時に日本学生選手権水泳競技大会(インカレ)の女子100m背泳ぎで優勝。チームの女子総合優勝に貢献した。3年時には女子100m背泳ぎ連覇を含む背泳ぎ2冠を達成。22年FISUワールドユニバーシティゲームズ日本代表(大会は中止)。趣味はショッピングとネイル。身長159cm。
(文・写真/杉浦泰介)